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2.中上般若と空飛ぶマシュマロ
包丁を持ってコンビニに押し入った強盗、レジから現金を奪い逃走。
残念ながらニュースで一度は聞いた事のあるような犯罪も、容疑者が特殊能力保持者であると判明した途端状況は一気に悪化する。
今回の容疑者は、身体強化系の能力者。通報を受けて駆け付けた警察官が次々と無力化され、全力の体当たりで吹き飛ばされていく。
近隣住民の避難もままならない状況で犯人が逃亡し、現場は混乱を極めていた。容疑者は今回が初犯ではなく、今まで何件もの犯行を行いながらも未だ逮捕されていない常習犯という点も性質が悪い。
予定通り事が進み、待機している協力者と合流するべく男は走る。仲間の待つ車で現場から逃げ、金は自分達の物となるのだ。
顔を隠す覆面の下で薄ら笑いを浮かべ、地面を力強く蹴り、駆けていた男の頭上に陰が落ちた。
「ゴロゴロゴロゴロ」
緊迫した雰囲気とは真逆である、間の抜けた声が拡声器でも使用した様に響いた。容疑者が影の原因と思しき方を仰ぎ見る。そこには真っ白なマシュマロが、電線のちょうど上辺りに浮いていた。
大人が複数人乗る事が可能な空飛ぶ巨大マシュマロ、正式名称は「改良版マシュマロ5号」
勿論、犯人はソレの正式名称を知らないが、顔色はよろしく無い。
――マシュマロからはみ出て、男を見下ろす般若の顔が3つ。
揃って白衣を着用している、般若面の3人組。彼等についての噂は、よく知っていたからだ。
悪党と呼ばれる人種が警戒している組織の一つ、ビョウハスイハ。その中でも特に悪党から危険視されている『武器開発研究部門 第2班』
「なっ、中上般若(なかがみはんにゃ)!?」
「だーかーらー! 中上班(なかがみはん)だっつうの!!」
般若面で顔を隠した3人組の通り名は中上般若。
様々な意味を内包して、悪党たちからは最強最悪に認定されているらしい。
中上般若の呼び名を大声で否定しながら、5号から容疑者を見下ろしているのは黒ジャージに白衣を羽織った青年。
交通整備で使うような――自称普通の誘導棒を両手で持っている。しかし、煌々と点滅するソレがバチバチと激しい音を立てながら、雷を纏っている時点で普通ではない。
青褪めた容疑者は死に物狂いでもがくように走り、少しでも青年と距離を取ろうとするがそれは虚しい努力だった。
青年はマシュマロから飛び降りながら、腕を大きく振りかぶる。着地のタイミングに合わせるように、地面に向かって誘導棒を威勢の良い掛け声と共に振り下ろした。
「ドッカァーン!!!!!!」
青年が地面へ着地するのと、ほぼ同時。誘導棒から細長い蛇のように発生した雷が、一度浮遊する。それは周囲のアスファルトへと、広範囲に渡り落下した。
哀れにも雷撃から逃れる事が出来なかった容疑者は白目になり、その場へと倒れ伏してしまう。それを確認したのか、すぐに多数のパトカーが容疑者を取り囲んだ。
雷を放った青年――中上尽元(なかがみじんげん)は警官が犯人を確保する様子を見届けてから振り返り、目線を上へと向けた。
「落雷注意報出す攻撃でもねぇな。鉄(テツ) 共犯の奴等は?」
「きちんと捕獲して引き渡し済みっすよ、元(ゲン)ちゃん」
5号から乗り出して親指を立てている般若面の青年は、風を操る能力者である中上鉄石(なかがみてっせき)
こちらはグレーの薄汚れたツナギの上から白衣を羽織っている。頭にはラーメン屋や工事現場の男性がしているように、黒のタオルを巻いている。
マシュマロ5号の操縦は彼――鉄石の特殊能力で行われており、音も無くスムーズな動きで尽元の近くへと降下する。
尽元はトンと軽く地面を蹴ると、それなりの高さで浮遊している5号へと跳び乗ろうとする。しかし、体がふらつき体勢が崩れた。
「元ちゃん!?」
そのまま背中から地面に落ちそうになる尽元、鉄石が慌てて手を伸ばすが間に合わない。
しかし、5号から地上へと向けて手が思いっきり伸ばされ、尽元の腕を掴んだ。手の主は仕立ての良い黒スーツの上に、白衣を羽織っている男性。
見た目の華奢さとは裏腹に彼は、重さなど感じていないように軽々と尽元を引っ張り上げた。
「危なかったですね、尽元。ご苦労様でした」
「あっぶねぇ……ありがとうと…すんません、師匠」
「いえいえ。最後はともかく、戦闘の方は問題ありませんでしたね」
「今のは忘れてくれ……。……まあ、戦闘は今回そんなに難しくも無く」
「ひやひやさせた癖に元ちゃん超余裕っすね……。体力有り余ってるなら、もう1戦行くっすか?」
二人と同じく般若面の男性が、腰まである白髪を靡かせながら尽元を労う。彼こそが『武器開発研究部門 第2班 主任』 中上燐光(なかがみりんこう)
燐光は特殊能力を持っていないにも関わらず、主任となり中上班を結成する程の実力を持った人物だった。
中上班は、中上燐光、中上尽元、中上鉄石。たった、3名のみの少数精鋭の部門だ。
「おや、それは良いですね。何処かの路地裏にでも寄り道しましょうか」
「あー……、俺超めちゃすっごく疲れたのでお家帰りたいでーーす!」
「ええ、それが良いでしょう。尽元、技発動タイミングが目標値より2秒、技到達が4秒遅れていました」
「げ!」
「鉄石、移動時間ロス1分42秒です。早くお家に帰って、二人共ペナルティトレーニングを実施しましょうか」
「あーもう! 俺とばっちりじゃないっすか!?」
3人は何食わぬ顔で談笑しながら、5号は音も無く風船のように上昇した。
しかし、尽元が瞬殺した相手は警察が手を焼いていた凶悪な犯罪者。一部始終を見ていた警官達は呆気に取られた表情で、空飛ぶマシュマロを見送る事しかできなかった。
一方、マシュマロ上の中上班は、先程の軽口が嘘のように各々が無線ヘッドセットを着用し、人的被害の連絡や医療機関への連携等を行っている。
「中上班副主任、中上尽元。認証コード……」
「特殊飛行許可取得済み、操縦者中上鉄石。従来の特殊飛行可能経路へ到着、このまま研究所へ帰還します」
「はい、……はい。只今引き渡しが終了致しました、警察や関係機関等への連絡等よろしくお願い致します。新聞社の取材? 申し訳ありませんが、今回はお断りしておいて下さい。それと、以前の件。ええ、赤の件について――」
手慣れた様子で関係各所へと連絡する男達を乗せた5号は、いつも通り中上班専用の研究所へと飛行する。
一般人でも視認できていたマシュマロ、それもいつの間にか姿を消すのだった。
――――――――
先程活躍した、中上班の切り込み隊長 中上尽元。
考えるよりも先に、まず身体が動いてしまう性質。
今日のように周りを顧みず、現場へと飛び出して行ってしまう。その為、切り込み隊長はピッタリの役割と言える。
尽元は中上班の武闘派を自称していて、行動も口調もどちらかと言えば乱暴な部類。
それ故に荒っぽい人物に見えるが、実際には兄貴肌で面倒見が良く弱い者虐めを何よりも厭っていた。
身長体重共に同年代の平均値。但し、戦闘能力と筋力と体力は除く。
髪色は黒に近い紫色、硬めの髪を耳付近目安に切り揃えている。
班員3名の独特な名前はビョウハスイハでの活動時用であり、本名は非公開。
中上という名字は燐光が「顔面偏差値、中の上」という独特のセンスで命名したもの。
3人共が同じ名字なので家族だと思われているが、中上は偽名で中上班に血の繋がりは皆無。
尽元の本名は、要屋 錦(かなめ にしき)
ある出来事が起こらなければ、尽元は一生本名のままで戦闘とも無縁で過ごしていたかもしれない。
しかし、その事件は発生し、尽元の人生と運命は一変してしまった。
それは今から約10年前、14歳の時。
ショッピングモールで発生した、大規模な爆破テロ事件。
その際に尽元の両親は死亡した。
当時13歳だった弟 要屋 閑(かなめや しずか)は生死、行方共に現在まで不明となっている。
継続して弟を捜索しているが、手掛かりは無い。
鉄石は、シングルマザーの母親を亡くしていた。
尽元は偶然居合わせた鉄石を爆炎から守っている最中、中上燐光に二人揃って保護された。中上班の出会いは、この最悪の状況から始まる。
それから紆余曲折を得て、鉄石と尽元は燐光の養子に。実の弟を見失ってから間もなく、尽元には新しく義理の弟が出来たのだった。
彼等は事件後に同居を開始するが、全く縁の無い初対面同然だった3人の暮らしはぎこちないもの。年月を重ね、時に衝突もしながら新しい家族として徐々に絆を深めていった。
親を亡くした少年たち。
新たな環境で一番近くに居たのは、既にビョウハスイハの一員として活動していた燐光。
養父の姿を、尽元と鉄石は常に側で見ていた。
武器を作成する姿。現場に赴き犯罪者を確保する姿。時には間に合わず、命を奪われてしまった被害者の姿。そして、それに苦悩し、新たに自分の道を再確認するビョウハスイハと燐光の姿。
様々な事柄や、その時の人々の姿に感銘を受けた尽元少年。尽元は自ら燐光に弟子入りを乞い、中上尽元の名を与えられる。
中上鉄石が誕生するのは、それからもう少し後の事だ。
以降、尽元は厳しい修行と幾度もの過酷な戦闘を経験。現在はその甲斐と努力もあってか、燐光の一番弟子。
稀代の雷使いとして、ビョウハスイハに籍を置いている。
尽元は紫電般若(しでんはんにゃ)
弟分の鉄石は風巻般若(しまきはんにゃ) の異名を持つまでの実力者となった。
しかし、眼光が鋭い事以外は24歳という年齢に見合った平凡な容姿。
期待されているような、仮面の下は絶世の美形。――なんてことはなく。
尽元、そして燐光と鉄石も。集団に埋没する、名字通りに中の上程度の顔立ちだ。
重い過去を背負いながらも、戦い続ける雷使いの青年。それだけならば、まだ良かったのかもしれない。
尽元達には戦いにも悪影響を与えるハンデとなり得る、重大な秘密がある。
それは中上班は全員がΩであり、既に初回の発情期も終えていたという現実。
つまり、妊娠も可能な男性体Ωが3人も存在している、という事実だった。
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