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 その合鍵がまだ使えるとは思ってもみなかった。鍵穴にすっと入って軽く回る。後にはひけないと私は覚悟した。  ドアを開けると、むっとする汗臭いこもったにおいが鼻についた。カーテンが半開きの窓から、朱色の光が差し込んでいた。夕方まで降っていた雨が止んで、つかの間の夕陽の残照だった。それはかえって灰色に濁った狭い部屋の空気を際立たせた。  ずっと敷きっぱなしだったことが明らかな布団。人の形にもり上がっている。私はそっと足を運んで、その人の頭の辺りで止まった。  薄暗い中に、乱れた短い髪が見えた。私が見下ろしていると、彼は少しだけ頭を上げた。予想に反して、彼の目は光を放っていた。 「瑤子、か」  微かな声で彼は言った。私は感情を込めずに、言った。 「そうよ。寿一。会いに来たの」  寿一は少し笑ったように見えた。 「よかった。元気そうだな」 「ええ。あなたは、……病気なの」  寿一は酷く痩せていて、しばらく患っているのは明らかだった。 「もう、長くないよ。そこの冷蔵庫から、水を出してくれないか」  私は言われた通りにした。寿一が体を起こそうとするのを、腕を伸ばして支えた。 「ああ、うまい」  水をむさぶるように飲むのを私はじっと見つめた。 「もう、長くないよ」  さっきよりはっきりした口調で、寿一はもう一度言った。
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