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紅い煉瓦の建物を横目に見て、街燈の並びに情緒を感じながら進んでいく。そこはかとなく漂う甘い匂いが、男たちの鼻を擽るのだ。
遊郭、といっても取り締まりの所為で大層件数は減ってしまって、今では百五十といった程度か、店が並んでいるのも江戸の全盛期に比べると半数以下になっている。更には明治の大火で、ほとんどの遊郭が焼け出されてしまっていた。
その中で、男娼宿もまた、衰退の一途を辿っている。しかし遣り手の婆がいるとなると話は別だ。お家が破綻したもの、武家が没落したもの、商売に失敗し借金を抱えたものなどの救いの一つとして、此処は栄えていた。
若い男、しかも容姿の好く好まれる男子というのは中々見つかるものではないが、この婆、流石遣り手と言うだけある。全国から美形の若い男を集めては金を貸し付け、預かる。その代わりに年頃になれば店に出し、身体を売らせてはその道の男から金を捥ぎ取っていた。しかしまるで家族のように接するので、男子達も居心地は悪くなく、腹いっぱい飯が食えるとなればいる意味は十二分にある。ただこの仕事は向き不向きもあるため、慣れさせるためには少し、時間が掛かることもあるのだった。
近くに女郎宿もあるため熾烈な争いになるかとも想像できるが、果たして男色家が集まる場所となればまた需要は別にあるらしい。兎に角この宿は栄えている、そう言っても過言ではなかった。
「おい市松、アイツまた逃げやがったよ…早く捕まえてきな」
市松と呼ばれた男はまだ齢も十四、五といったところか。面倒くさいという様に頭を掻きながら、何で俺なんだよ、と愚痴を零す。
「お前が一番腕っぷしが強いからねェ、じゃないとあの子は捕まえられないんだよ。前に友造の野郎に行かせた時、全く触れることも敵わなかったって言うじゃないかィ。お前の出番だよ」
肩をトントン、と叩かれてその男ははあ、とため息を吐いた。
「クソ、アイツ…いっつも俺の仕事増やしやがって…」
その男娼の男に対してなのだろう、明らかに敵意の言葉を並べながら市松は大きな店の玄関口に行く。そのまま草履を突っかけ、薄い色素の髪を靡かせた。市松は混血で、明るい髪の色をしている。それで捨てられたのだろう、この男娼宿に拾われたおかげでなんとか食べていけるのであった。
バタバタと駆けていく音が聴こえ、それは徐々に遠ざかっていった。
「頼んだよ、市松…あの子は大事な逸材なんだ」
遣り手婆のお富が煙管を抱きながらそう呟く。それを市松は知る由も無かった。
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