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今日は汗が滝のように流れる真夏日となった。雲ひとつない青空だが風は少し強かった
。観客席は満員で、あの中にじいちゃんとお袋がいると思うと、少し気恥ずかしい。相手は甲子園の常連校だった。ブラスバンド部の音楽と大きな歓声で、今までの試合にはない盛り上がりをみせていた。
僕は親父の帽子をかぶって試合に臨んだ。チームメートと円陣を組み気合いを入れた。整列し一礼すると、相手選手と目が合った。
このメンバーで苦しい練習に耐えてきたんだ。絶対勝つ――。
試合が始まった。僕は今日もスタメンを外れたが、いつ監督から呼ばれてもいいように準備は万端だった。
試合は中盤に入り、チャンスを生かせないまま徐々に点差が開いた。みんなの表情に焦りの色が見え始めた。さすが強豪校だ。隙がない。僕は一生懸命声を出し続けた。
「切り替えて!」
良い所がないまま三対〇で迎えた九回裏、二番からの好打順で打線がつながった。二点を返した。
「次狙って行こう!」
手を叩きながら打者を鼓舞した。
突然監督に名前を呼ばれた。
「思い切って行け」
肩を強く叩かれた。
「はい!」
僕は親父の帽子を脱ぐと、祈りを込めてそっとベンチに置いた。
見ててよ――。
続けてヘルメットとバットを持って、ネクストバッターズサークルへ向かった。
前の打者が三振し、二死二塁三塁、長打が出れば逆転サヨナラ勝ちだ。監督はにっこりして「打て」のサインを出していた。小さく頷いて、ゆっくりバッターボックスに入った。相手ピッチャーを睨み付けた。初球から狙い通りのスライダー! 渾身の力を込めてバットを振り切った。
「カキーン!」
鋭い打球は一塁手の頭上を越えた! とにかく走った。必死に走った。三塁コーチャーはちぎれんばかりに腕を回していた。二塁走者がホームベースを踏んだ瞬間、ダッグアウトからチームメートが一斉に飛び出した。みんな弾ける笑顔で何か叫びながら僕に向かって全速力で走ってきた。
今朝、家を出る前にじいちゃんが話したことを思い出した。当時、なんらかの形で野球とかかわる仕事に就きたかった親父と、家業を継がせたかったじいちゃんとの間に確執があったこと。結局親父は夢を諦めてじいちゃんの言うとおり酒蔵を継いだ。
「大輔、これは絶対にヒットが打てる四番の帽子だ」
ベンチに置いた親父の帽子が僕を見て微笑んでいるように感じた。
目の前が滲んだ。僕はユニフォームの袖で何度も顔を拭いながら、輪になって喜びを爆発させるみんなの顔を、この瞬間を、しっかりと心に刻み付けた。
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