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俺の幼馴染みは、浮気している。 「………ん。なぁ、電話出なくていーの」 「あぁ、どうせあいつからだろ」 「あいつって…。なら尚更、んぅっ」 「いーんだよ。それよりさ、もう一回」 そう。俺と、浮気しているのだ。 とあるホテルのベッドの上。乱雑に荷物を積んでいる辺りからは、ひっきりなしに何かが震えている音がしていた。 何かなんて考えなくても分かる。電話だ。 それもこいつの婚約者から、だろう。 「もうしないぞ」 「ちぇー」 もう一回、を断られた彼は怠そうにベッドから荷物の方へ向かうと、鞄のポケットから四角く薄っぺらなものを取り出した。 先程まで五月蝿く鳴り続けていたそれはもうピタリと静かになって、彼の手の中に収まっている。 「…なぁ、もうすぐ結婚式だろ。こんなことしてて良いのかよ」 「結婚式かぁ」 そうだ、こいつはもうすぐ結婚する。 会社で出会ったという美人な彼女には俺も一度だけ会ったことがあるが、彼女は所作までも美しく礼儀正しい人だった。 こいつと並んでも見劣りすることのない…それどころか、まさに美男美女のお似合いの二人だと思った。 そして俺では駄目なのだと、思い知らされたのだ。 彼らの挙式はもう一週間後に迫ってる。 俺とこいつとの関係は始まってから一年も経たないが、彼女との関係はもっと短いらしい。出会ってから凡そ半年のスピード婚だとか。 それはきっと、俺よりも彼女の方がいいということだろう。 こいつは俺なんかじゃなく、あの人を選んだ。当然かも知れない。 だからこいつとの関係ももう、今夜で終わりだ。口にはしていないけれど、俺はそう決めている。 電話を鞄に戻した彼がベッドに戻ってきて、ふわりと俺の頭を撫でた。 あぁ。何で。 この手を離せずに、今までグダグダと続けてきてしまったこの関係。 恋人とも友人とも、ましてやもう幼馴染みとも呼べないようなこの名前の分からない関係を、この夜で終わりにするんだ。 …こいつの、幸せのためにも。 そう思っていたのに、まさかの発言が彼の口から飛び出して俺は暫く固まってしまった。 「いいも何も、あっちだって浮気してるからなぁ」 「え。………はっ?!!」 初耳である。 俺が言えたことじゃないのは百も承知だが、彼女も浮気しているだと?こいつという婚約者がいるのにか? というかこいつもこいつで、何でそんなことをサラッと…。 裸のまま困惑を隠し切れない俺を一瞥して何故かクスッと笑いを漏らした後、幼馴染みは何てことないことのように切り出した。 「いやぁ、分かるんだよな。一緒に暮らしてるとさ。オレも同じことしてるからってのもあるけど」 「………」 絶句してしまう権利が果たして俺にはあるのか。分からないが、本当に気にも留めていないといった幼馴染みの態度が気になってしょうがない。 元々俺という邪魔者が居たのに、そこに更に別の問題が。彼らの関係について心配を深めてしまう権利も、俺には無いだろうけど。 それでも淡々と、幼馴染みは続けた。 ベッドの上で呆けるしかない俺の横に腰掛けた美男を、淡いベッドサイドの光が幻想的に照らし出している。 「いつからだったかな…。少なくとも三ヶ月は前からだったかなぁ?痕跡消すのが上手すぎるんだよなぁ、あの女」 「あの、女って…」 仮にも婚約者に何て言い方だ。 俺と居る時に彼女の話を聞かされることは、俺から聞かない限り全くといっていい程なかったが。 だから気が付かなかったのかも知れないが。 何故か、こいつの婚約者への気持ちが感じられない気がしてしまって。 その違和感が拭いきれずにいる俺に、また幼馴染みが覆い被さってくる。 無表情からさっと切り替わった表情にはもう、いつも通りの柔らかな笑みが浮かべられていた。 「はっ、何て顔してるんだよお前」 「や、だって…」 おかしい。おかしいだろ。 俺だって同じことしてるのに。 相手の人に同じことをしているのに。 なのに何て、身勝手な考えを…。 「もしかして心配してくれてるワケ?」 「心配っていうか…」 「かーぁわいい」 チュッと額に落とされる口づけは、いつもなら俺を嬉しくさせるのに。 今はただマシュマロを押し付けられただけのようなおかしな感覚だった。 「あのさ、こんなこと俺が言えたことじゃ、ないのは分かってるつもりなんだけど…」 「なに?」 「なんで…」 何で、そんな人と結婚するの? 何で、浮気されてもそんなに普通でいられるの? なんで…俺じゃないの。 「何でって…」 続きをどう受け取ったのか分からないけれど、幼馴染みはどこか満足そうに笑みを深めた。 「そのカオが見たいから…かな」 低く呟かれた答えは重ねられた互いの口の中で溶けてしまって、俺の耳に届くことはなかった。
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