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「大丈夫、無線は繋がってる。これから重機でガレキを撤去するそうだ。しばらく時間がかかりそうだが、頑張れるかい?」
「がんばります!」
レスキュー隊隊員、野田吾郎は要救助者の若い女性を励ました。
出入り口の崩落でショッピングセンターの地下駐車場に閉じ込められてしまったものの、女性に怪我はなく、建造物の崩壊が進まなければ比較的安全に救助出来そうだった。
要救助者で近隣に住む女子高生の早川碧は、父と買い物に訪れて被災した。先に荷物を車に積み込もうと一人で駐車場に来た際に強い地震が発生したのだ。
まもなく父親から電話がかかってくると、すぐにレスキュー隊が来てくれるとのことだった。涙声で娘の無事を喜ぶ父に、まだ早いと娘はたしなめた。実際、生き埋めになる可能性はまだあるのだから。
――とはいえ、これはヤバい。車に何か使えそうなものはなかったっけ。
あんがい非常時には慌てないものだな、と碧は我ながら不思議に思っていた。きっと父のうろたえる声を聞いたせいかもしれない。それとも、まだ実感が湧かないからか。
薄暗い非常用照明の下で車のトランクを漁っていると、遠くから野太い男性の声が聞こえる。
「早川さん! 早川碧さん! 消防です!」
「早川碧です! ここです!」
碧が返事をすると、ガチャガチャと装備品を鳴らして消防士が駆け寄ってきた。
「お父さんから連絡を貰って救助に来た。怪我はないか?」
はい、と返事をしようとした時、消防士の背後で大きな音がした。
「やはり保たなかったか……。悪いが帰りは遅くなりそうだ」
あちゃー……と碧がつぶやくと、彼は無線で地上と連絡を取り始めた。地下へは彼一人だけが危険を冒して進入したという。途中の道もガレキで塞がれているので少々時間はかかるが、重機を使って出口を作るという。
幸い早川家の車のある場所は構造的に丈夫なようで、消防士の野田もこの場所で救助を待つのが適切だと判断した。
「他にも要救助者がいないか見て来る。ここで待っていてくれ」
と言い残し、野田はライトを点けて立ち去った。
「かっこいいなあ……」
碧は床に座り込み、さっき買ったお菓子の袋を開けてつまみ始めた。長丁場になるのなら、腹ごしらえは必要だ。
数回小さな余震が起こったあと、ガチャガチャ音が近づいてきた。
「おかえりなさーい」
「ああ。歩ける範囲には俺達しかいないようだ。救助が来るまで俺が君を守る。俺は野田吾郎。これを君に」
野田が名乗ると同時に水のペットボトルを数本差し出した。まだ十分に冷たい。構内の自販機が災害モードで稼働し続けているのだろう。
「ありがとうございます。じゃあ、野田さんこれどうぞ」
碧がお菓子を勧めた。が、野田は苦笑しながら頭を横に振って、
「君が食べなさい。どのくらい時間がかかるか分からないから、すこしづつな」
野田が本当に自分の命を救いに来たのだと実感して、碧は胸がときめいた。
二人が地上に出られたのは、丸一日あとだった。碧はストレッチャーの上から、自分を救急隊に引き渡した野田を呼び止めた。
「あの! 高校卒業したら、野田さんのお嫁さんにしてください!」
野田は苦笑しながら頭を左右に振った。
「碧ちゃん、それはカンチガイだ。災害時にはよくあることだよ。非日常的な体験で興奮状態になったのを恋と誤認することが。十も上のおじさんのことなど、すぐ忘れたほうがいい」
「でも!」
「うれしいけど、それは気のせいだ。幸せになれよ」
野田は碧に背を向けると、手をひらひらさせて遠ざかっていった。
「ちがうもん……」
口をへの字に曲げた碧は、ストレッチャーごと救急車に乗せられた。
それから数年後。
多忙な日々を送っていた野田は、あの地震のことをすっかり忘れていた。
「今晩、歓迎会だから顔だせよ」
「ういす」
署内の廊下ですれ違いざまに上司が声をかけてきた。
あまり寝ていないので正直気が進まない。
勤務が終わり野田がシャワーを浴びていると、そこここから卑猥な笑い声が聞こえてきた。
『今度来た女子、高卒のピッチピチだってよ!』
『マジで!? うわあヤバい俺ヤバい』
野田はうんざりしながら浴場から出て行った。
私服に着替えて署の外に出ると、仲間が居酒屋へぞろぞろと歩いていくところだった。
馴染みの居酒屋でいつものように大部屋に通されると、署長が奥の席で手招きをしている。脇の方から新人がちょこちょこと出て来てペコリと頭を下げた。
「今日からうちの署に配属された、早川碧くんだ。皆やさしくしてやってくれ。パワハラで俺が怒られちゃうから!」
――――え? ウソだろ?
野田はつまんだ唐揚げをポロリと落とした。
笑顔を振りまきながら、碧の目はしっかりと野田をロックオンしていた。
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