ティー・ブレイク~うさぎの国の物語エピソードゼロ

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 12baf591-ab01-42fe-86b3-3eab596a6d85  重厚な木の扉を開けると、大きな亀の甲羅にまたがったソロンが、今まさに外側からドアをノックしようと褐色の腕を上げているところでした。ソロンは魔術師の証である金のメッシュの入った長い黒髪を風になびかせながら、一瞬黒い目を大きく見開いた後、悔しそうにルタニを睨みつけました。 「……いつだっておまえは俺がドアを叩くより前に開けちまう。なんだってそう俺の来ることがわかるんだ? 俺は前触れなくやって来る嵐みたいに、いつでもいきなりここへ来てるっていうのに」 「さぁ、何故でしょうか」 「相変わらず白々しい野郎だぜ。偉大な大魔法使い様にはなんでもわかるとでも言って威張りくされば、少しは可愛げもあるっていうものを」  ルタニが苦笑していると、ソロンのお尻の下で困ったように眉を下げていた亀が、ため息まじりに訴えました。 「あのぅ……お話の続きはルタニ様のお屋敷の中でされてはいかがでしょうか。夜通しソロン様を乗せて空を飛んで来た上、こうしてずっと宙に留まり続けるのは老体には堪えますのですが……」 「あぁ、これは失礼。どうぞ中へ、ロクウッド」 「かたじけのうございます」  安心したように首を伸び縮みさせながら玄関ドアをくぐろうとしたロクウッドの甲羅を叩いて、ソロンは腹立たしげに言いました。 「ロクウッド、俺は俺一匹でここへ来てもよかったんだぜ。けど年寄りのおまえを残してここへ来るのが忍びなくて、わざわざ連れて来てやったんだ。それなのに感謝するどころか文句を言おうってのか?」 「……連れてきたのはわたしではございませんか? こうしてひび割れた甲羅に乗せて」 「な……っ、おまえ俺に口答えする気か? おまえは俺の執事だろう!」 「恐れながらソロン様、わたしは黒うさぎ公国の君主に仕える執事。魔術師のあなた様にお仕えしているのではございません。第一、あなた様とて大公にお仕えする身でありますれば、執事のわたしとさほどお立場は変わらぬはず」 「うるさいっ、だいたい今はもう黒うさぎ公国に住んでいる訳じゃないんだから……」 「さよう、今申し上げたのは『かつては』という過去の栄華を振り返っての発言には違いありませぬ。しかしあなた様が禁断の魔法になど手を出しさえしなければ、あのまま栄華も続いておりましたものを。ルタニ様のお姿をご覧なさい。なんと嘆かわしい……! 間抜けな人間のお姿などにおなりあそばせて……」 「それなら今の俺の姿だって嘆かわしいはずだろ」 「あなた様は自業自得というもの。うさぎ世界を統べる偉大な大魔術師ルタニ様を禁断魔法で人間に変えてしまった報いは呪い返しという形であなた様にも及び、やはり人間の姿に変わってしまった上、黒うさぎ公国を追われて今は流浪の民も同然の暮らし。しかし納得がいかぬのは、なぜこのわたしが巻き添えを食わねばならなかったかですよ。だいたい、あなた様などまだよろしかろう。わたしを見てください! 亀ですよ、亀! 誇り高き黒うさぎ公国の執事長だったわたしが、よりによって亀の姿になるなんて……!」  ロクウッドはいきなり首を甲羅の中に引っ込めて、おいおいと泣き出しました。ソロンは苦虫を噛み潰したような顔をして黙りこくってしまいました。 a12a99fd-f4bd-4f5c-8985-9b8c53f38535
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