1話 くだらない

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1話 くだらない

「ねぇ、風景屋の噂って知ってる?」 「何だっけそれ?」 「何でも見たい風景を見せてくれるんだって。でもその代わりに見た人の大事な記憶を持っていっちゃうってやつ」 「何それホラー?怖いよー」 「大丈夫よ。何でも店があるみたいで、そこに行ってお願いしない限りは問題ないらしいし」 「何だ、びっくりしたー。こういうホラーって話を聞いただけで呪われるって話もあるじゃない?そういう類だったら怖くて聞けないよー」 「大丈夫よ。・・・多分ね」 「そういう冗談は止めてー」 「あはは。ごめんごめん。ただの都市伝説だし、しかも風景を集めるってねぇ?ネットで世界中の景色を見れるのに、記憶を差し出してまで見るかって話よ」 「だよねー」  クラスメイトの女子達が下らないうわさ話に興じている。私はそれをイヤホン越しに聞く。聞くといってもバカでかい声で話しているから耳に入ってくるだけ。イヤホンで塞いで音楽までかけているのにそれ越しに聞こえてくるなんて、そんなに話して何が楽しいのか。  どうせいつか会わなくなるであろう人なのに。今この教室で話している人同士で、10年後また同じように話している人間なんてほとんどいないだろう。無駄なことに時間を使うのだなと。私はそう思い、図書館で借りた適当な本に視線を落とす。  本には窓の枠の影が落ちていた。私の席は一番後ろの窓際から2列目、太陽は低い位置に降りていて、窓枠の影が伸びている。私はそんなことには気を止めずそのまま読み始める。  しかし今度はイヤホンから邪魔が入った。聞いている適当な音楽が煩い曲になったのだ。聞いていたくないと思いさっさと次の曲に変える。次の曲は落ち着いた雰囲気の曲でこれでいいかとそのままにする。ちょっといいなと思う曲だったけれど私は調べたりしない。どうせいつかは好きでもなんでも無くなるんだから。だから最初から好きになるなんて無駄なことはしない。  キーンコーンカーンコーン 「はーいそれじゃあ席につけー。放課後のホームルームを始めるぞー」  担任の男教師が入ってくる。彼は50代半ばで瓶底の様な眼鏡をかけていた。髪の毛は白髪が幾本も混じり、着ているスーツもヨレヨレだ。そんな彼の話はほとんどがどうでもいいもの。学校主催で開かれる催しに参加したい者は申し出ること、進路希望調査も今週末に提出すること等々くだらないことを淡々と聞かされる。  近くにいる男子生徒は飽きているのか欠伸をかみ殺していた。教師はそんなことに気にせず彼の仕事を続ける。ただ淡々と。好きでもないことをお互いにやるだけの退屈な時間。 「それじゃあ気をつけて帰れよー」  教師のその言葉で半数が一斉に立ち上がり各々の鞄を持って外へと向かう。部活へ向かう者。友達に連れられ何処かへ出掛ける者。それぞれに理由があるが、私に興味はなかった。急いで出ていく者達を尻目に私はゆっくりと帰る準備をする。急ぐ必要などないから。  私はイヤホンをつけ音楽を再生する。そして再び本を取り出して読み始めた。この時間に帰ろうとすると人が一杯いる。不愉快な気持ちになるのは嫌だからそれまで時間を潰す。  クラスメイトのほとんどが出ていき、クラスに残っているのは私と同じような帰宅部の人達。その人たちは何人かで集まってしゃべっている。そんなに何を話すことがあるのだろう。私はそんなことを思いながら鞄を持って一人席を立つと私のスカートがふわりと宙に浮く。 「母さんからだ」  教室からでて階段をおりながらスマホを確認する。そこにはLINEで『早く帰ってきなさい。急いで』と母からのメッセージがあった。今日の朝には何も言っていなかったはずだけど何かあったんだろうか。  校舎から出るとそこには部活に行く人や既に準備が終わって走りに行っている人、部活をやれるように準備している人達がいた。彼らはめんどそうだったり、嫌そうな顔をしている。 「はーだるいよなー」 「ホント。なんでこんなに走らせるんだよ」  すれ違った二人もそんなことを呟いていた。やりたくもないことをやっているのが私には理解できない。どうせ全てはなにも無くなるんだから辞めちゃえばいいのに。  一人で帰っていると木枯らしが吹いて腰まで伸ばした茶色がかった髪を巻き上げる。私はそれを慌てるでもなくぼんやりと押さえつける。ただ、ちょっと邪魔だな、と思った。面倒で長いこと切っていなかったが、そろそろ切った方がいいかもしれない。学校指定の私の短いスカートもふわりと上がるがそちらを抑える手は速かった。  校舎を出て校門へと向かっていると掛け声が聞こえて来た。 「1,2、1,2」 「「「そーれ!!!」」」 「よし!各自ストレッチをしてから練習だ!」 「「「はい!!!」」」  前の方から聞こえたそれは野球部のものだった。皆が白いユニフォームに身を包み、しかし何処か洗いきれていない汚れが完全な白さを邪魔している。彼らはその汚れを気にせず、むしろ誇りの様に晒していた。  私は彼らを避けてさっさと帰ろうとしていると聞き知った声に呼び止められる。 「ゆう・・・クサカベ!」 「・・・」  私は無視する。彼とは仲良く話す間柄じゃないから。 「おい日下部!聞こえてねえのか!?」  彼はそう言って私の肩を叩くので仕方なく振り返った。  彼の名前は真島 健太(まじま けんた)小学校からの幼馴染。家が近かったから小学4年生くらいまでは良く遊んでたけど、ある時からほとんど遊ばなくなった。それからは中学では疎遠になったと思ったけど、高校になってからやたらと話しかけてくるようになった。  高校で彼をまじまじと見た時はちょっと驚いたものだ。昔より背も高くなって顔もかなり凛々しくなっていた。野球部らしく肌は焼けていて短く刈り込んだ黒髪は好青年として映るだろう。他の女子の会話を聞いていた時もかっこいいと言われていたのを覚えている。 「何?」  私はイヤホンを外しながら彼の顔を見る。ここまでされたら相手をしない訳にはいかない。だけど愛想なんて出さないように接する。 「いや、今日一緒に帰らない?かと思って」 「無理、母さんに早く帰る様に言われてるから」 「そっか、また昔みたいに話せたらなと思ったんだけどな。またどっかで話そうぜ」 「気が向いたらね」  そう言って私は彼と別れる。中学校は一緒だったのにほとんど彼と話すことはなかった。だから今更話すことなんてないだろうと思っている。 (部活で罰ゲームでも受けてるのかな)  そんな勝手なことを思いながら私は家路につく。  私はぼんやりと歩いていると否が応でも周囲の光景が目に入ってくる。それは紅葉した物だったり、工事中の建物だったり、母に手を引かれて嫌がりながら歩く子供だったり何一つとして同じものはない。同じ工程で作られたものでさえそれは一つとして同じものではなくなる。  たった今すれ違ったばかりの電柱にはどこかの広告が張ってあるし次の電柱には足元から雑草が懸命に上を目指している。何一つとして同じものはない。でも私が目についたとしても他の人には違う。電柱は電柱。雑草は雑草。ただそれだけの存在。いずれ勝手に無くなってしまうもの。  私は電車に乗る為改札口を通る。そして満員ではないけれどそれなりに人の多い電車に乗った。勿論座ることなんて出来ずに適当なところに立つ。 「電車ー発車しまーす。次の到着地は・・・」  車内放送をぼんやりと聞いて車窓の外に目を移す。時々変わる看板。突如として立つことのある建物。光の加減で見えたが違うことはあってもいつも見るそれは同じもの。私はそんな物を見続ける。  最寄り駅に着いた電車を降りて家に向かう。途中にある店員の態度の悪いコンビニもちょっと離れたところにある寂れたゲームセンターも行かない。ただただ歩いていく。 「ただいまー」  家について中に入る。私の家は閑静な住宅街にある2階建ての一軒家だった。広さは一家4人が暮らすには十分な広さで庭とかはないけれど、私はこの落ち着いた雰囲気の色をした家が好きだった。  家を見ると最初に目に入ってくるガレージは父がこだわったらしく、かなりしっかりしているし中には色々車をいじる物とかが置いてある。23区内じゃないから何とか買えたって父から聞いた気がする。  逆に母がこだわったのはこの場所だ。本当はもっと母の実家に近い所が良かったらしいがそれは予算の都合が許さなかったらしい。母は未だに週一で帰ったりするほど実家が大好きだった。  そして靴を脱いでいると母が両親の寝室から出てきた。  母はいつものゆったりした服じゃなくて動きやすいパンツスタイルだった。化粧もほんのりとしていて何処かに出掛けるのだろうか。40も後半のはずだが結構若く見られる。母と歩いていた時には男に声をかけられることもある。といっても父に一筋なようで軽くあしらっていた。その母が額に少し汗を浮かべて走ってきた。 「ユウリ!何処に行ってたの!早く帰ってきなさいって連絡したでしょ!」 「ちゃんと何処にも寄らずに帰って来たでしょ。それで、どうしたの」 「どうしたじゃないのよ。おじいちゃんが倒れちゃったのよ!それで入院してるから急いでお見舞いに行くわよ!」 「え・・・。どっちの?」  私におじいちゃんは二人いる。といっても他の人もそうだろうけど、どちらも未だに存命ということだ。片方はここから近い所にいる母方の祖父。もう一人は岐阜の高山にいる父方の祖父だ。 「こっちの方よ!最近は外にもあんまり出てなかったし体調も良くないって母さん、おばあちゃんも言ってたから心配してたんだけど・・・それが今日の昼頃に倒れて病院に運ばれたの。もしかしたら母さんは泊まりになるかもしれないから家のことはよろしくね?」 「う、うん・・・」  私は頭が真っ白になって頷く事しか出来なかった。祖父が倒れた・・・? 「悠里!タクシーも呼ぶから荷物だけは置いてきて!」  母はそう言ってスマホを取り出し何処かに電話をかけている。そして直ぐに電話が繋がるなり話始めた。 「あ、もしもし。一台タクシーをお願いしたいんですが、ええ、はい、場所は・・・」  事務的に話している相手はタクシー会社だろうう。母は頼み終わると直ぐにスマホを切って私に向き直る。 「悠里!早く置いてきなさい。直ぐに来るって言ってたから!」 「分かった・・・」  私はぼんやりする頭で階段を登り、2階にある私の部屋に入る。中に勉強机と椅子、それとベットにクローゼット等最低限の物しか置いていない。小さな小物やぬいぐるみも置いていないし、ましてやポスター何かも張っていない。誰が見ても殺風景だと言うだろう。  私は鞄を机の横に置いて下に戻る。 「タクシーが来たから行くわよ」 「うん」  母と共に外に出ると家の前に一台のタクシーが停まっていた。母は泊まる用の荷物をタクシーのトランクに載せてタクシーの後ろに乗る。 「日々川病院までお願いします」 「はい」  タクシーの運転手がそう言って車を走らせる。その速度は法定速度を守っていてゆっくりとだが安心して乗っていられる。 「母さん。おじいちゃんの容体はどうなの?」  さっきは頭が真っ白になったが今度はそのことを受け入れて母に尋ねる。 「分からないわ。倒れたっきりで意識も戻らないって。ただ、直ぐに命がどうこうって訳じゃないらしい。でも不安だから私たちだけで先に行くのよ」 「そう・・・父さんと和也は後から来るの?」 「そうよ。仕事と部活が終わったら父さんが車で拾ってくれるって」 「そう・・・」  私はそう返すことしか出来なかった。祖父が倒れても感情を動かさない。そうなる様に関係を沢山断ち切ってきた。誰とも仲良くしなかった。仲の良かった友達とも話さなくなった。  だけど祖父が倒れたと聞いて私の心は嵐の様に荒れていた。何でか分からない。分からないまま荒れていて、それが収まる気配はなかった。
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