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「そういえば、初期化ってされてます?」
店員さんが慌てて尋ねる。
「あっ、忘れてましたッ!」
「『設定』のアプリから簡単に初期化できますので、お願いします」
キミは店員さんに促されるまま、アプリを起動する。ははは。「簡単に初期化できます」だって。ボクとの思い出なんて、結局、簡単に白紙にされちゃうんだな。悲しいよ。
するとなぜかキミは、『初期化』のボタンを押せないでいる。
「あのぉ。下取りキャンセルしたら、月額の料金って高くなっちゃいます?」
「そうですねぇ。今、下取りキャンペーン中で、さらにおトクになってますので。データはバックアップしていらっしゃるので、新しい本体にデータは移せますよ。ご安心ください」
「ですよねぇ……」
ありがとう。そして、さようなら。最後の最後に躊躇してもらえて、ボクは感無量。涙が止まらないよ。幸い、防水性能が高いから、大粒の涙を流しても壊れることはない。
「わかりました!」
彼女は未練を断ち切るように『初期化』のボタンを押した。本当のお別れのとき。
初期化の進行状況を示すバーが伸びて行く。すると彼女は小さな声で、「今までありがとうッ!」と、明るい声でボクに言った。
「こちらこそ!」
そしてボクはというと、下取りに出され、健康な身体かどうかチェックされる。もし、病気が見つかれば、健康な臓器を移植されることもある。
以前の記憶は完全に消されちゃってるから、ボクの持ち主がどんな人だったのかはわからないけれど、とても丁寧に扱ってくれてたみたい。だからボクの身体はいたって健康。感謝しなくちゃね。
健康チェックにパスしたボクは、新興国へと送られる。日本とはサヨナラだ。
そして、見知らぬ国に到着。聞き慣れない言葉が飛び交う。でも、ボクの脳みそなら、たくさんの言語が使えるから心配ない。
開店前の店頭に並べられる。いろんな国から集まってきたスマホたちと肩を寄せ合いながら。そして、シャッターが開き、店がオープンする。
1日目。中古品としてのボクの新たな人生がはじまった。
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