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第26話 親子
カフェも生活もすっかり軌道に乗った5月の午後6時、『カフェうみがめ』の閉店時間、
「かつきー、表の看板、Closedにしてー」
「はーい」
佳月がドアを開けてプレートをひっくり返そうとした時、
「あー、もうおしまい?」
背後から聞いたことのある声がした。
「え? あ? 三上先生!」
「久し振りねえ、合格おめでとう。よく頑張ったわね」
三上先生が佳月を抱き締める。
「先生、どうしたんですか?」
「出張で来てね、ちょっと足を伸ばしたの。あれ佐々さん、髪染めた?」
「はい。只でさえみんなより年上で目立つのに、これ以上悪目立ちしたくないなって思って。あ、入って下さい」
「そっか。いいの?」
「はい! 母さーん、三上先生!」
+++
恩師の突然の来訪に、麗華が夕食を作り、三人で店のテーブルを囲んだ。三上先生がしみじみと言った。
「本当にびっくりしました。尾白先生から電話貰った時、初めはナントカ詐欺かなって思ったくらい」
経緯を全然知らない佳月は頷くだけだ。
「でも真剣に佳月ちゃんの事考えて下さっていて、根回しもちゃんとされていたから越境受験の手続きも本当にスムーズで助かりました」
麗華も頷いた。
「私も話を聞いて下さって、気持ちがぐっと楽になって、目から鱗が落ちたって言うのか、その帰りにここのカフェのお話を頂いたんですよ。何かが繋がっているような、不思議なご縁で」
今度は三上先生が頷いた。
確かに…、佳月もボトルメールのことを思い出した。ボトルとあたしが同じ場所に流れ着いて、同じ人に拾ってもらうって、不思議な縁以外の何ものでもない。
和やかに食事が進み、最後のコーヒーを淹れたあと、麗華が佳月の方を見て背筋を伸ばした。
「佳月、丁度いいから小さい頃の話をしておくね。三上先生もいらっしゃるから却って話しやすい」
「小さい頃?もしかしてお母さんは他にいるのよって感じ?」
麗華は苦笑した。
「もっとややこしいのよ」
麗華は佳月が生まれてから、佳月の父が亡くなるまでの話を語った。
母さんはあたしの本当の母さんだった。
だけどあたしが赤ちゃんの頃を知らない母さん。
ウミガメの母さんみたいだ…。
「ごめんね佳月」
話しながら目を赤くしていた麗華を佳月は立ち上がって抱きしめた。
「全然平気だよ。何回もやり直せるってジジィが言ってた」
「ジジィ?」
「あ…。あたしずっとそう呼んでたんだ、尾白先生のこと」
三上先生が笑った。麗華はエプロンで涙を拭いて、慌てて言い訳をした。
「こういう躾は私じゃないですからね」
三上先生はにこやかに告げた。
「外から見たら親子ってすぐに判りますから大丈夫ですよ」
佐々親子は揃って赤くなった。
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