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第28話 風の波
「凄かったね」
海を見ながら麗華が佳月に声を掛けた。
「母さんも見れて本当に良かった」
「でも結局お母さんガメも子ガメたちも知らんぷりだった」
「そうね、お互いに余裕がなかったからね。1年前の母さんと佳月みたい」
「だけど、ウミガメはもう二度と会えないかもなんだよ」
麗華は砂の上に腰を降ろした。佳月も並んで座る。麗華が言った。
「そうかなぁ。またきっと海のどこかで出会うこともあるよ。母さんと佳月みたいに」
「だといいけど…」
「その写真をね、父さんは撮りたかったんだ」
「父さんが?」
「うん。父さんもウミガメのこと愛してたからね。佳月みたいに不憫に思ってて、でもきっとどこかで母ガメと子ガメが出会って、一緒に泳ぐだろうって。それを撮るんだって、ずっと言ってた」
もしやそれで父さんは…。佳月は想像した。
残念ながら父が最後に何を撮ったのかは分かっていない。カメラは潮に流されて行方が判らなかった。
「佳月が思ってる通りかもしれない。もしそうだったとしたら、父さん、幸せな一生だったかもなって母さんは思うよ。死ぬ間際にならないと結論出せないって尾白先生も言ってた」
「母さん、あたしが撮る」
「え?」
「あたし、写真家になって、父さんが残せなかった写真撮って見せる。お母さんガメと子ガメが一緒に泳いでるところ」
麗華はしばらく佳月の横顔を眺めていたが、やがて
「いいよ」
とポツリと言った。佳月は麗華の腕を軽く叩いた。
「ちょっとぉ、また『いいよ』だけ? 母さん、やっぱあたしの事、真剣に考えてないでしょ」
「そんなことないよ。だって他に言いようがないじゃない」
「危ないからやめろとか、女子のカメラマンなんか通用しないとか、いろいろあるじゃん」
「止めて欲しいわけ?」
佳月は詰まった。そう言う訳じゃないけど…。
「応援してるよ。何回やり直してもいいから」
「なんかそれずるいな。ジジィとおんなじこと言ってる」
言いながら佳月は立ち上がった。
「帰ろ」
+++
帰宅した二人は、窓を開け放つ。
佳月はずっと蟠っていたことを口にした。
「母さん。母さんが正しかったよ」
「なに?」
「汐田にいた頃さ、あたし、給食なんだから心籠もらなくても仕方ないじゃんとか言っちゃって」
「うん?」
「母さんにバチ当たるよって言われた」
「そうだっけ?」
「そう。給食なんて誰も味わってないとか思ってたけど、違った」
麗華は佳月を見つめ、佳月も麗華を見つめ返した。
「心を籠めたらちゃんと味わってくれる人が解ってくれる。それが判った」
「そっか」
「それってめっちゃ嬉しい。母さんの言った通りだった。あたしもいろいろあった時、母さんと同じように思った」
「やっと入口に立ったね」
「入口?」
「中は迷路だけど、佳月なら子ガメちゃんみたいに、ちゃんと波に向かってやっていけるよ」
「そう?」
「うん、太鼓判。だって、波乗りの娘だから」
波乗りの娘…。
本当にやっと入口だ。佳月は揺れるカーテンを手で掴まえ、開ける。
そして、あの子ガメたちのように、風の波に向かい合った。
【おわり】
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