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「……何だ、コレ」  俺の口から、思わずそんな言葉が漏れた。いくら、問題編だとしても、唐突過ぎる展開だ。何故、愛というヒロインがいきなり「脱出ゲームしよう!」と言い出したのかがさっぱり分からない。先生やヒロイン、主人公の人物像も具体的に書かれていないし、変な場所に傍点は付けるし、『てにをは』も途中で間違えている。推理小説以前に小説として欠陥だらけの作品かなぁと思い、肩をすくめた。 「大体、『ちゃんと読んでね』って言われてもさ。最後でいきなり、脱出ゲームが終わってるじゃないか! ツッコミどころ満載だぞ、この小説らしき物は!」  あまりの訳の分からなさに俺が叫び出したところで、ギィッと部室のドアが開いた。 「何だ。部室で大声出して。あまりの選考委員の忙しさに発狂でもしたのか?」 と呆れ顔で俺を眺めるのは、寝ぐせのように乱れた黒髪と白いマスク、ロング丈のTシャツとアウターにトップスというカジュアルな服装だが、全身を黒で統一している為、妙な怪しさを醸し出している男性。俺達は「N先輩」と呼んでいる三回生の人だ。後輩の七条によると、いくつか難事件?と呼ばれるものを解決しているそうだが、俺を含めて会員の殆どは半信半疑だ。そもそも、いつもは黒いジーパンと黒いTシャツで、部室のソファーで寝っ転がっているだけの先輩だから、簡単には信じられない。 「今日は随分、お洒落してますね」 と言うと、 「この後、七条君の家で晩御飯の約束をしていてね。流石に高級料亭にいつもの格好では行けないさ。ここには忘れ物を取りに来たんだ」 と返された。先輩は、部室の棚から買い置きしてあった豆大福の箱を掴むと、黒の手提げバッグの中に入れた。どうやら、手土産を調達しに来たらしい。七条の家は老舗の料亭で左京区にある有名な店だ。普段はだらしない先輩も流石に彼の家では作法を意識せずには居られないらしい。  ふと、時計を見ると午後5時を少し回ったところだった。N先輩もそれに気づき、俺に声を掛ける。 「あぁ、まだ時間あるなぁ。約束の時刻は7時からだし。大学から七条君の家は近いしな。2時間くらいだったら、選考の仕事、手伝ってあげられるけど、どうする?」  どうしよう……。確かに、手伝ってもらえるのは助かる。N先輩は古株だから、選考の仕事も慣れている筈だ。それに……。  俺はデスクの上の田中の原稿をちらりと見た。もし、七条の言っていたことが本当なら、この原稿の謎をN先輩は解いてくれるかもしれない。そうすれば、その答えを田中に送って、解答編を今日中にゲットできるだろう。  俺は意を決して、N先輩に声を掛ける。 「先輩、実は……」 ―――――――数十分後、俺の話を聞き、原稿を読んだN先輩はこう言った。 「推理の悪魔が俺に囁いた。さぁ、脱出を始めようじゃないか」 と。
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