プロローグ 入室

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プロローグ 入室

 ここは京都府今出川駅近くにある大学の推理小説研究会部室。そして、俺は山本。推理小説研究会の会員で二回生だ。現在は2086年7月31日で夏休み直前。試験を終えた学生は、とっくに大学から去って、四条の飲み屋で前期終了のパーティーを開いているのだろう。だが、俺はそのパーティーに参加するわけにはいかなかった。なぜなら…… 「山本君。まだ、選考の仕事やってるの? お疲れ様。差し入れ、持ってきたよ」  部室のドアが開き、ペールトーンのトップスと明るめのジーンズというカジュアルな服装の女子大生が俺に声を掛けてきた。同期で同じ推理小説研究会の田中だ。一回生の頃、初の大学の講義で偶然、隣の席になってからの仲だった。初めはお互いに緊張していたが、今は気軽に話せるようになっている。だが、色恋沙汰に発展するような話には未だ至ってはいない。友達以上恋人未満。それが俺達の関係だった。 「ありがとう。まだ、かかりそうだよ。取り敢えず、差し入れはデスクの上にでも置いといてよ」  そう言いながら、俺は部室の中央に設置されている会議用のデスクの上を軽く整理した。デスクの上には、既に俺のパソコンや部員から送られてきた原稿をプリントアウトした物などで埋まっていたからだ。それらを端に寄せ、空いたところに田中はおにぎり、お~〇お茶、たけの〇の里を置いた。 「俺、お茶は綾〇派なんだけどなぁ」 「文句あるなら、食べなくてよろしい」 「あ、ごめん! 悪かった。ありがたく頂くよ」 「最初から、そう言いなさい」  こんなやり取りをしながら、俺は差し入れのおにぎりに手を伸ばした。ツナマヨ味だ。俺の好みなのだが、彼女に言ったことあったかな?  ちなみに、俺が今日、部室に残っている理由はウチのサークルで出している部誌「謎迷宮」に掲載する作品の選考の為だ。他の大学では、部誌には全ての部員の作品を載せているのかもしれないが、ウチは人数の都合やページ上の都合などもあり、出来の良かった作品のみが部誌に掲載を許される。その選考委員はメンバー内で持ち回りで担当すると決まっており、今回は俺が選考委員の担当なのだ。  ……で、特に大変なのが今日! 1週間で優秀な作品をいくつか見繕わなければならないのだが、1週間の内の5日目である今日が今回掲載する作品の提出締め切り日なのだ。今日は数十人の部員から一斉に作品がメールで送られてくるし、未だに原稿用紙で手書きで提出してくる人も居る。それらをプリントアウトしたり、難解な手書き文字を解読しながら、一度、全部読まなくてはならない。編集は他の奴がやってくれるから楽だが、選考だけでも重労働だ。  壁に掛かっている時計を見ると、既に午後4時を過ぎていた。 「今日はもう帰ろうかな~。こんな時間まで残っている奴なんか居ないだろ。あと数人くらい提出してない奴がいるけど、今回は出さないか、もしくは午前0時までにメールで送ってくる奴に決まってる。今日の所は帰ってゲームして、明日から頑張りますか」 「勝手に帰ったら、八神会長が怒るわよ」  田中の言葉に俺は身震いする。三回生の八神さんは顔は美人でスタイルも良しの才色兼備の我が研究会の会長なのだが、怒ると滅茶苦茶、恐ろしいことで有名でもある。そんな八神さんに「一応、午後5時までは部室で待っていること。いいわね」と言われてしまったのだから、今の段階で帰ったら、大目玉を食うことは確実だ。だが、さらに俺が帰れなくなる理由が増えた。  田中が手に持っていた黒い鞄から、折りたたんだ原稿用紙を俺に差し出した。それも、A5サイズだ。 「それに、まだ私も提出してないし。はい、これ」  どうやら、彼女こそが数人のうちの一人だったらしい。原稿用紙を受け取ると、最初の行にタイトルが細い手書き文字で書かれてあった。「脱出ゲーム始めました」。 「あれ? 田中ってワード派じゃなかった?」  そうだ。確か、田中はいつも小説はワードで書いて、メールで提出している。何故、今回だけ稿なのだろうか? しかも、わざわざA5サイズなんて……。  俺の疑問に彼女は 「今回はたまたま、そういう気分だったから。じゃあ、あたしの小説、。そしたら、」  え?と思って確認すると、確かにタイトルの下にこう書かれていた。(問題編)。 「おいおい、今日が締め切りなのに……」 「じゃ、よろしく!」  田中は急ぎ足で部室から出て行ってしまった。俺は首を捻る。一先ず、彼女の作品を読んでみることにした。
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