コンプレックスの先に

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 その日、つぐみがテニスサークルの部室に向かって歩いていると、 「鮎川ちゃーん!」と声をかけられた。祐介と慎だった。 「あれー?今日はテニスやるんですかー?」とつぐみは明るく声をかけた。 「そうそう、たまには体動かさないとね、太っちゃうしー」 「えー、祐介先輩は太ってないですよー?ぽっちゃりですよ?」 「コラコラ!痩せてますぅー!体脂肪率10%台ですぅー!」 「ムキになるところが怪しいなぁ。一ノ瀬先輩は今日はナンパ部の方じゃないんですか?」 「俺はナンパする必要ないの。歩いてるだけで勝手に寄ってくるから」 「うわー。今日も強烈に性格悪いっすねー」 「お前は悪口言いたいだけだろ」  と一同が漫才をしていると、祐介が忘れ物をしたから取りに行くと言い出した。 「ごめん、ちょっと取ってくるから、ちょっとだけそこで待ってて!」と言って消えていった。  部室はもうすぐだし後で1人で来ればいいのに、とつぐみは思ったが、待っててくれと言われたので仕方なく慎と2人で待っていた。 「先輩は昔からテニスやってたんですか?」 「中学の時はな。高校はまぁ、在籍はしてたけどほとんど幽霊部員」 「部活行かずに何やってたんですか?」 「え、聞きたい?」 「あー、なんかエロそうだから、いいです」 「・・。お前は俺をなんだと思ってんだよ・・」 「えーと・・ゲスの極みクソ鬼畜エロ大魔神、ですかね?」 「・・それは本人の前で言っちゃダメだろ・・?」  と、会話は途切れることはなかった。慎はまるで友人と話しているときのように、自然と会話を楽しんでいる自分に気づいた。    慎は女と会話をするのが面倒だった。そもそも興味のない人間の、今日は何を食べたとか、そんなことには全く感心が持てなかった。だから女と会うときは大体コトがすんだらあっさり別れ、無駄にデートをしたりはしなかった。まさに来るもの拒まず去るもの追わずと言った感じで、そういう冷たいところも女性達の間で慎の悪名を高めていた。  ただ、つぐみとの会話は楽しめた。ふざけた話ばかりだったし、スポーツやゲームや格闘技なんかもつぐみは詳しかった。  以前祐介が "友達みたいで楽しいからつぐみがタイプ "と言ったことを思い出した。  2人がそんな話をしていると向こうから1人の女性がやってきた。 「おっ、かわいい」  つぐみがそう言った方を慎がみると、そこには慎と同年の美和子という女性がいた。成人しているには童顔で、少したれた大きな瞳が小動物のような雰囲気で愛らしい。茶色く染めてゆったりとウェーブがかった髪が、顔の雰囲気に良く似合っていた。小柄だが、痩せすぎず程よく肉のついた肉体はなかなかに魅惑的だ。奈江とはまた違ったタイプだが、やはり男性から人気のありそうな美女であった。 「美和子」 美和子は慎の、いわゆるセックスフレンドの1人だった。一時期しつこく言い寄られていたし、顔もわりと可愛いので何度か関係を持っていた。 「一ノ瀬君、何してんの?まさか彼女?」 慎が否定するより前に「違います、サークルの後輩です」とつぐみが嫌そうな顔をして言った。 「あ、そうなんだぁ。最近、遊んでくれないから、連絡ちょうだいよ」と美和子は上目遣いで言った。  慎は別に美和子に興味はなかったが、隣につぐみがいることに気づき、わざと明日電話する、と言った。美和子は満足気に手を振って帰っていった。  慎が隣を見ると、つぐみが腹を立てているように見えたので、慎は内心喜んだ。前につぐみを口説いてみたときにこっぴどくやり込められたこともあり、なんとかつぐみに思い知らせてやりたいと思っていたのだ。  慎は面白そうに 「なんか怒ってんの?」と聞いた。  つぐみは憮然とした表情で言った。 「先輩は今も女遊びをやってるんですか?」  慎は相変わらず自信に溢れた微笑をたたえながら聞いた。 「だったら、何?俺にどうして欲しいわけ?」 慎に女遊びをやめて欲しい、と懇願する女はいままで数多くいたが、慎は冷酷にそれを切り捨ててきた。つぐみも彼女達と同じく、自分のことで思い悩めばいい。慎はそんな事を考えていた。 「奈江のことはどうするつもりなんですか?」 つぐみは怒っていた。奈江に対して真剣であって欲しいと願っていたが、どうやらそれは違ったようだ。 「奈江のことも、里子のときみたいに傷つけるつもりですか」  つぐみは慎を睨みつけて言った。 「先輩が女遊びしようがしまいが私には関係ないですし、興味もありません。でも奈江のことだけはちゃんとして下さい!あの子は本気で先輩のことが好きなんです。ちゃんと考えてあげて下さい」  つぐみはそう言い終えると、お願いします、と慎に頭を下げた。  慎は怒りに似た感情が湧き上がるのを感じた。つぐみは慎が女と遊ぼうが、どうでもよかった。つぐみが見ているのは、慎ではなく奈江の方だった。そして奈江と慎がうまくいくように、こうして真剣に頭を下げている!  慎は苛立った。そしてこう言った。 「あれは奈江が選んだ事だ。だいたい、男なんかみんなそうだろ。誠実な振りをしている奴は単純に遊ぶチャンスが無いだけだ。俺のように女が向こうから寄ってくればみんな遊ぶに決まってる!それを俺のせいにするな!」  と声を荒げた。するとつぐみが売り言葉に買い言葉で言った。 「そんな事ないです!みんなとか決めつけないで下さい!杵淵先輩とか絶対、そんな事しないし!」 「杵淵?・・っ」  なんで杵淵!  慎はかっとなって、つぐみの腕を無理矢理掴んだ。 「お前やっぱり、あいつと関係あるのか!?」 つぐみは驚いた。何がなんだかわからなかったが、 「そんなわけないでしょ!?見境のないあなたと一緒にしないで下さい!」と言って掴まれた手を振り払った。  祐介は驚愕した。  2人きりの会話を楽しめたかな〜などとニヤけながら戻ってきたところ、怒鳴りあっている2人を見つけたからだ。慌てて止めに走った。  (おいおーい!この短時間で何を言えばそんなに険悪になれるわけ!?)  逆に難しいだろ!と祐介は心の中で慎につっこんだ。 「なになに!?どうしたの!2人とも落ち着いて!」  2人の間に割って入るとつぐみは、先に行きます、と言ってずんずんと歩いて行ってしまった。 「慎、何があったわけ?」と呆れながら聞くと慎は未だ収まらぬ怒りを露わに言った。 「知るかよ!あんな女!」  帰る、と言って別方向に歩いて行ってしまった。  祐介は天を見上げて大きな溜息をついた。  こりゃあ、結構、骨が折れそうだ。と。  数日後、祐介はようやく慎にそのときの話を聞くことができた。 「そりゃあ慎ちゃんが悪いんじゃない」  慎は憮然とした表情で黙っていた。 「鮎川ちゃんの立場だったら当然そう思うよね。だって大切な友達に手を出されたのに慎が他の女と遊んでるとこ目のあたりにしたら、腹が立つのが当然じゃん。鮎川ちゃんのまっすぐな性格なら尚更でしょ。だいたい、その話の一体なにがそんなに気に入らないのさ」  慎は言葉に詰まった。なにが、と言われるとよく分からない。が、とにかく腹が立った。いつもあの女は自分の考えているのとは違う予想外の反応をしてくる。それがまた堪らなく気に入らない。なんとかしてつぐみを自分の思い通りにしたいと慎は思っていた。 「年下のくせに俺に意見するなんて生意気だ。俺の思い通りにならないあいつが悪い」  と慎が無茶苦茶なことを言ったので祐介はますます呆れた。 「はいはい。つまり慎ちゃんは、鮎川ちゃんには他の女の子とおんなじように自分に夢中になってもらいたいわけだ。好かれたいなら好かれたいなりにもうちょっと素直になれば?」  と祐介がとんでもないことを言ったので、慎はむきになって言った。 「好かれたいなんて思ってない。俺はあいつを傷つけてやりたいだけだ。生意気なんだよあの女」  祐介は、はぁ、と溜息をついた。だいぶ核心的なことを教えてあげたつもりなんだけどね、と心の中で呟くと、少し慎をいじめてやろうと考えた。 「そんなこと言ってると本当に嫌われちゃうよ?ていうか既にもうかなり嫌われてるんじゃん?こっから巻き返すの大変だよぉ〜。そもそも奈江ちゃんに手を出した時点で鮎川ちゃんの恋愛対象から外れちゃってるのにね」  慎が、え?と複雑そうな顔をしたので、祐介は当然だろ。んなこともわかんないのかよ!と心の中でツッこんだ。  (まぁ、そういう不器用なところが可愛い気あるんだけどね、慎ちゃんは)  慎はそういうんじゃないからな!と祐介に言ったきり不機嫌そうにそっぽを向いた。祐介はしばらく慎をほっておくことにした。
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