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それからというもの、サークル活動には参加するも、慎はうまくつぐみと接点を持つことが出来ていなかった。挨拶をしたり、その時に2、3会話をすることはあったが、それだけだ。つぐみは人気者で男女学年問わずどんな和にも溶け込んでいて周りにはいつも人がいたし、慎は慎で女性達に取り囲まれて身動きが取れなくなっていた。いつもなら慎の冷たい態度や女性関係に嫌気がさして新入生の女性達は徐々に減っていくのだが、このところ慎の女遊びがさほど酷くないことが原因だった。かといって特別女性達に親切にしているわけではなかったが。
つぐみも実はあれ以来、慎のことを極力避けていた。関わりたくないという気持ちは更に大きくなり、嫌悪と呼べるほどに近づいてしまっていた。
慎は今日もイラついていた。女どもがまとわりついてきてうざったいし、慎はつぐみのことをよく見ていたが、目が合うことはほとんどなかった。その事に加え、つぐみが他の人間と楽しそうに会話をしているのをみるとそれだけでイライラしてくる。
「鮎川ちゃんに話しかけたいなら俺が呼んできてあげようか?」
と祐介がニヤニヤしながらからかってくるのがまた鼻につく。
「別にそういうんじゃないって言ってんだろ」
と慎はかなり不機嫌そうだ。
祐介はそんな慎を見かねていたので、今日はつぐみを誘おうと思っていた。今日は邪魔者・・つまり、奈江も、つぐみを気にかけている様子の杵淵もいなかったからだ。
「鮎川ちゃん、今日花火買ってきたから一緒にやらない?」と祐介が言ってきたので、つぐみはいいですね、と言いかけたが言葉を飲みこんだ。祐介がということは、慎もいるということだ。今日は奈江もいないし特別理由がなければ慎とはなるべく関わりたくない、そう思った。しかしつぐみが断ろうとしたその前に
「あ、他の人には内緒ね?そんなに量ないから、あんまりみんなに来られちゃうと困るからさ。じゃ、後で〜」
と一方的に告げると走り去ってしまったのだった。
つぐみは、まいったな、後でもう一度断るか、と頭をかいた。
練習後、つぐみが着替えを済ませて外にでると祐介が待ち構えていた。そしてつぐみの友達に
「鮎川ちゃん借りるね。またね〜」と勝手に声をかけたのだった。
笑顔だがそこに有無を言わさないものを感じ、つぐみは断り文句を言い出せないまま祐介に連れられていった。少し離れた広場にでると、そこには慎達男性陣が花火の準備でたむろしていた。女性の姿がなかったので、つぐみは少し驚いた。
「えっと・・女子、私だけですか?」
訝しむつぐみに、祐介は明るく声をかけた。
「そ。たまには、男水入らずもいいかなと思って」
慎にまとわりつかれると邪魔だからね。と心の中で続けた。
「つぐみは男だからなー」と周りからからかう声があがったので、それら全部につぐみは丁寧にツッコミを入れた。
祐介は慎の側に駆け寄ると、
「慎、せっかく連れてきてあげたんだから仲直りくらいしなよ?」
と低い声で言った。その声色は言葉とは裏腹にかなりの毒を含んでいたので、慎は少し怯んだ。
そのまま祐介がつぐみの前に慎を押していくと、つぐみは関わりたくない張本人がでてきたので、思わず顔をしかめた。そして、しまった、顔に出てしまった、と思いすぐにそれを隠したが、慎はそれに気づいたようで
「なんだよ、あからさまに嫌そうな顔して」
と悪態をついたのだった。
つぐみが言い返そうとするその前に横やりを入れたのは祐介だ。
「慎ちゃん?違うでしょ、今日は鮎川ちゃんに謝ろうって言ってたんでしょ?」
と祐介がまるで母親かのように諭した。正確に言うと慎は謝る、とは一言も言っていないのだが、慎がそうせざるを得なくなるようにする為の祐介の罠、というか配慮であった。
つぐみは意外な言葉に驚いて慎を見た。
慎も驚いて祐介を見たが、祐介はじゃあ後は2人でと言って、離れ間際に慎を睨んだ。その顔には
「いいから、やれ」と書いてあった。
慎とつぐみの間には微妙な空気が流れた。慎が目をそむけながら一向に話そうとしないので、つぐみから口を開いた。
「この間は、私もすみませんでした」
つぐみも少し気には病んでいた。今までの人生、そう人と険悪になったことなどないつぐみだ。あんな風に誰かと怒鳴りあった経験などない。この機会に謝ってしまったほうが遺恨を残さずに済むだろうと考えた。
「ああ、いや・・俺も」
慎は照れながらも、なんとかそう言った。ごめん、という言葉はプライドが邪魔をして遂には言えなかったが。
つぐみは続けた。
「でもやっぱり、里子のことも、私はいまだに先輩を許せません。奈江のことは出来ればちゃんと考えてもらいたいと思っています」
慎は今度は感情的にならずに、少し考えてから答えた。
「・・あの場で俺が里子を庇ったら、あいつらの嫌がらせは益々酷くなるぞ。里子のせいで俺に嫌われたってな。あと、俺が相手にするのは断っても諦めない、しつこい阿呆だけ。俺が思うに、憧れてるだけの状態が一番厄介な気がする。勝手に美化するだろ、実際はそうでもないのに、勝手に俺に期待して・・。知れば意外と気が済むってこともあるかも知れないだろ」
慎が奈江に手を出した決め手はつぐみだったからそれは真実ではなかったが、慎の考えであることは本当だった。もっと言えば付き纏われるのが面倒だった。慎は昔からストーカー紛いの行為を何度も受けてきていて、女は性欲の対象であるのと同時に嫌悪の対象でもあった。あれぐらい冷たい態度をとっても尚言い寄ってくる女を適当にあしらう、慎にとってはそれが今までの経験で編み出した、一番楽な方法であった。
まぁでも、どうせ理解はされまい、と思ったが。
しかし、つぐみは少しの間考えこんだ後、
「・・それは、一理あります。なるほど、私の考えがいたりませんでした。口をだしてすいませんでした」
そう素直に謝ったので、慎は思わず顔を赤らめた。つぐみに見られないように顔を背けて言う。
「あ、ああそうかよ。別に気にしてねーよ。どう思われても」
(また、この女はどうしてこう予想外のことを・・)
照れる慎の前で、つぐみはまだ考えていた。
確かに慎の言う通り、あの場で慎が助けに入ったら里子に対する嫌がらせはエスカレートしたに違いない。しかも結果的に慎への想いをすぐに断てたとも言える。奈江の事は、だからと言って遊んでもいいのかとは思うけど、慎には慎なりの筋というものがあるのだと思った。自分のした行為は自分の浅はかな考えを一方的に押し付けようとしただけだと思った。皆それぞれの考え方というものがあるのだ。
そこを、おい、と慎から声をかけられる。
「そんなに考えこまなくていい。気にしてないから」
そういうと、手に持っていた花火を思い出したようにつぐみに差し出した。
「ほら」
つぐみは花火を受け取った。そして2人は花火を楽しむみんなの輪の方に戻った。
待っていた祐介がつぐみに声をかけた。
「大丈夫だった?ごめんね、鮎川ちゃん。うちの慎ちゃん、ほんと捻くれてて、困っちゃうよねぇ」
つぐみは祐介にお礼を言った。
「お陰様で、少しは一ノ瀬先輩を理解できたような気がします」
祐介は、目を輝かせた。つぐみの手を取って言う。
「ほんと!?じゃあこれからも仲良くしてやってくれる?あいつ、ああ見えてまともに交流のある女の子なんていないんだから。鮎川ちゃんくらい大人なら、友達になれるんじゃないかなぁ」
つぐみは祐介の勢いに気圧されながら、
「そ、そうですかね?」と疑問に思った。つぐみにとって、慎は相変わらず "あまり関わり合いになりたくない人 "であることに変わりはなかったが、避けるようなことはやめようとは思った。
帰り道、慎と祐介とつぐみは駅を目指して並んで歩いていた。
祐介は周到だった。他のメンバーを、自転車やバスなど電車以外の交通手段で来ている人間に限定し、帰り道も慎とつぐみが話せるようにしていたのだ。
3人の時間は和やかに流れていた・・はずだった。
ホームにつくとつぐみが自販機で飲み物を買いだしたので、慎は俺も、と言って財布をだした。そしておしるこを選択した。
それを見ていたつぐみは驚いて、
「先輩、おしるこ?え、おしるこ?甘党なの?」
と笑った。慎はいーだろ別に、と言いながら缶を開ける。
「あはは、イメージと違う。てゆうか、それ買う人、杵淵先輩だけかと思ってた。杵淵先輩も好きなんですよね、これ」
そのつぐみの言葉に、慎は氷ついた。
そして感情に支配されるまま、またしても声を荒げてしまった。
「俺の前であいつの話をするな!!」
つぐみはいきなりの事にビクっと肩を震わせた。なぜ怒鳴られたのか理解できずに固まってしまう。
側で見ていた祐介は、ふぅ、と諦めたような溜息をついた後、
「ごめんね鮎川ちゃん。気にしないで」
そう、困った顔で、優しく言った。
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