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慎の本気
「うんうん、それで?ちょいちょい意味深な発言をしているのに全然鮎川ちゃんに響いてないと、そういう事?」
慎はうなだれていた。
「まぁ、それは日頃の行いが悪いからしょうがないんじゃない?女にはみんなそんなもんだと思われてるのかもしれないし。根気よく誠意を見せていくしかないでしょ」
そう祐介が言うと、そだね、と周りの友人達もうなづいた。
慎が、好きな女ができたと言い出したときは、友人達はそれはもう驚いた。しかも、その相手があの取り立てて美人でもなんでもない、鮎川つぐみだと言うのだから、一同は絶句したものだ。
慎はあれからぱったりと女遊びをやめていた。それだけでも驚きなのに、鮎川がまったく慎に気がないので、慎は度々こういう状態になっていた。
それが、あのクールで完璧な慎のイメージとギャップが激しく、面白かった。以前はどちらかというと憧れのような目で慎を見ていた一同だが、はじめて慎に親しみのようなものを感じていた。
祐介などは度々、「慎ちゃん、かわいい!」と言って抱きしめ、慎に殴られていた。
自分の気持ちを認めてから、意外にも慎の心は安定していた。 " 完全な自分の片想い " であることを一度認めてしまえば、なんてことはなかった。つぐみが自分に気がない素振りをみせても、「やっぱりな」と受け入れられたし、以前のようにいちいち傷つかないでいられた。
祐介が、友人達に隠さず話せと言ってきたときは流石に躊躇したが、一度話してしまえば変なプライドも捨てされて、楽だった。
「しかし、慎に本気で好かれて、堕ちない女なんているんだなー」
つぐみは確かに、人間的にはともかくとして、女性としては変わっていた。そして鈍感だった。
彼女には、女なら誰もがもっているヒロイン願望のようなものが欠如していた。アイドル好きではあるが、それは "自分もなりたい " という類のものではない。彼女は、自分の容姿が優れていないということを昔から認識していたし、服装も、無理をして女性らしい服を選ぶのではなく、自分に似合うボーイッシュなものを選んでいた。容姿は自分の特徴の一つにすぎず、どんなに頑張ろうとも自分は自分以外の何者にもなれはしないという事をよくわかっていたからで、手に入らないものを追い求めるのは不毛だ、それよりも手にあるものを磨いた方が合理的、というのが彼女の考えだった。
そう言う意味では、つぐみは優れた現実感と自己分析能力を併せ持った、超リアリストであると言えた。
そんな彼女にとって、慎のような男性が自分を好きになるなど、そもそも発想自体がなかったのである。
慎は最近、サークル以外でもつぐみを見つけてはよく話しかけていた。自分1人だと目立つので友人達みんなとではあったが。あまりおおっぴらにつぐみにかまうと、つぐみが嫌がらせされないか懸念してのことだ。またサークル内や、その終了後にもつぐみや奈江を誘っては、皆の協力でなんとか2人になる機会を作っていた。
「一ノ瀬先輩って、もしかしてつぐみのこと好きなんじゃない?」
そう、友人の1人が言い出したとき、つぐみは何の疑問も持たずに否定した。
「は?それはないでしょ、さすがに」
「でも一ノ瀬先輩が自分から話しかける女の子ってつぐみだけじゃない?」
つぐみを含む友人らは、確かに、と思ったが、つぐみは少し考えてから
「それはですね・・逆に恋愛対象に入ってないから、友達枠なんじゃないかと」
みんなは、うーん、あり得る、と言った。つぐみは慎だけでなく周りの男子の先輩みんなと仲が良かったし、つぐみのどこか中性的な性格なら考えられなくはない。
皆が納得して話題は変わったが、つぐみは内心、慎の事を考えていた。つぐみ自身、最近の慎の態度には多少困惑していたのだ。
まるで別人かの様に、異様に優しい。以前は話すと必ずと言っていいほど険悪になっていたのに。思えばあの合宿の日からだ。
つぐみはあの日、慎に買ってもらったピアスを思い出していた。奈江への遠慮から、まだ一度もつけられていない、あのピアス。友達に、アクセサリーを買ってあげるなんてこと、あるだろうか?
そう考えてから、つぐみの心にある一つの可能性が浮かんだ。
一ノ瀬先輩は、また自分を堕とすゲームをやっているー・・
つぐみは不安になった。そうであればピアスを買ってくれた行動も理解できる。
一ノ瀬先輩とは、色々ありながらも、やっと友好的な関係性を築けてきたつもりだった。新入生のころとは違う。最近の、優しい彼の姿が思いだされ、つぐみはそれを信じたかった。
きっと一ノ瀬先輩は、自分を1人の人間として認めてくれたということなんだろう。他の女性達のように、性欲の対象としてではなく。つぐみは半ば強引に、そう自分を納得させた。もしそうであれば、それはつぐみにとっては喜ばしいことであった。
「つぐみ、どうかした?」
隣にいた奈江に声をかけられた。
「いや、なんでも」
少し前、一ノ瀬先輩にちゃんと振られたことを、奈江は話してくれた。何故そうなったのか詳細までは教えてくれなかったが、
「これで、やっと吹っ切れそう。私も早く次にすすまなきゃ」
と晴れやかな笑顔で言ったので、つぐみは安心したのだった。
・・あの合宿での夜のこと。夜が明けると、慎が「話がある」と奈江に声をかけてきた。
「昨日は、悪かった。酷いこと言ってごめん」
そう慎は頭を下げた。奈江は、気にしてませんから、と答えたが、泣いたのか、その目は少し腫れぼったく見えた。
「俺はつぐみのことが好きなんだ。だから奈江の気持ちには応えられない」
慎は、はっきりそう告げた。奈江はもちろん、既に気づいていたので驚かなかった。
「奈江は、つまんない人間なんかじゃない。俺が自分の気持ちを認められたのは、奈江のおかげだ。だから、奈江にだけはちゃんと、この事を話しておきたかった」
慎は、真摯にそう言った。その言葉が、気持ちが、奈江には本当に嬉しかった。そして、慎の好きな相手が、つぐみで良かった。奈江は美しく笑って言った。
「はい。ちゃんと話してくれて嬉しいです。一ノ瀬先輩、頑張って下さいね。私も応援します」
そう言って、2人は微笑みあったのだった・・
慎に関係を断たれたのは奈江だけではなかった。
慎はあれから、女の誘いを全て断っていた。しばらくすると「一ノ瀬が女遊びをやめた」と言う噂がまことしやかに囁かれはじめたが、理由を知るのは一部の慎の友人達と、奈江だけだった。
そして、もう1人、理由を知ることになる者が現れた。つぐみの中学からの友人、里子である。
里子はその日、飲み物を買おうと自販機に向かっていた。通路の角を曲がると、反対から歩いてきた慎と出会い頭ぶつかりそうになった。
里子はごめんなさい、と言いかけて、その相手が慎であることに気がつくと、げっ、と顔をしかめた。
「その節はどーも」
慎は無表情でそう言った。
里子はあれから早々、別に彼氏を作っていたが、やはり慎に関する記憶は強烈に残っていた。ああ、ども・・と言って足早に逃げ去ろうとしたところ、呼び止められる。
「お詫びにはならないかもしれないけど、飲み物くらい奢ろうか」
里子は予想外の言葉に固まった。慎が相変わらずの仏頂面で、何がいいの、と聞いたので、なんとかコーヒー微糖で、と答えた。
里子が慎からおそるおそるコーヒーを受け取ると、慎は隣で自分の分のコーヒーの缶を開けて飲み始めた。
(な、なんだろうこの展開・・)
慎は相変わらず仏頂面だし、里子は怯えていた。また何か辛辣なことでもいわれるんじゃなかろうか。すると慎から、
「色々悪かったな」と一言。
里子は驚いた。あの超ドS王子が、まさかのセリフ・・。その時、慎が女遊びをやめたという噂を思い出した。一体、何があったのか・・?里子はだんだん興味が湧いてきてしまった。
「一ノ瀬先輩・・。女遊びやめたって聞きましたけど、なにがあったんですか?」
慎は無表情のまま答えた。
「別に。たいして面白くないし、めんどくさくなっただけ」
そう端的に答えただけで、話を変えた。
「あんたさ、たしかつぐみと同じ高校だったよな?つぐみって高校の頃、好きな男とかいたのか?」
里子は、また予想外の質問に、しばらく考えた。
「んー・・。一度告白されてましたけど、断ってましたし、それ以外サッパリ浮いた話は無かったんですが・・。でも私、つぐみは杵淵先輩のことが好きだったんじゃないかって思ってるんですよね。いや、つぐみは否定してるんですが、いっつも楽しそうに杵淵先輩のこと話してて・・でも、同じテニス部の亜衣って子に頼まれて、杵淵先輩との仲を取り持って、2人は付き合う事になったんで、なんか私も聞きづらくなっちゃって」
言ってから、里子は隣の慎の空気が目に見えて暗くなったことに気がついた。里子は焦った。こ、これはまさか・・
「えっ、えっ?一ノ瀬先輩、もしかしてつぐみのこと好きなんですか!?」
驚愕する里子を前に、慎は憮然として
「だったら何。なんかおかしい?」
と言った。その表情がまるで拗ねているように見えたので、里子はおかしくなってしまった。
「いや、おかしくはないですが、えっ、でも・・なんでですか!?」
つぐみがいい人間であることを里子は知っている。でも慎のような人間がまさかつぐみを選ぶとは、予想の範疇を超えていた。
慎は、なんでって言われても・・としばらく考えたが、
「うーん。つぐみはいい奴で、俺には無いものを持ってて、尊敬してるからかな」
そう答えた。
里子はその答えに感動した。あの超最低鬼畜王子が、まさかそんなに純愛!?ギャップ萌えなんですけど!と少女漫画的展開にテンションを爆上げると、思わず慎の手を取って興奮気味に言った。
「先輩!いい!いいです!つぐみはホントいい奴ですし見る目サイコーっす!私めっちゃ応援します!」
慎は熱すぎるエールに若干引きつつも、ああ、ありがと、と答えた。
・・奈江もそうだが、里子もなかなかいい奴だ。自分は本当に今まで、何も見ようとしてきていなかったのではないか。そう思った。
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