悪魔はきっと優しい顔をしている

1/2
前へ
/22ページ
次へ

悪魔はきっと優しい顔をしている

 そして、学園祭当日を迎えた。一同は完売目指して気合を入れた。  店の前で呼び込みを行うのは慎と祐介だ。  愛想はないが超イケメンの慎と、お洒落で愛嬌のある祐介のコンビは、女子ウケを狙うには最強の布陣と思われた。実は祐介は慎に隠れて目立たないのをいいことに、裏ではそれなりに遊んでいたのだが、誰にも見咎められないところがこの男の要領のいいところであった。愛嬌で上手く隠してはいるが、祐介の本質は冷静で、狡猾だった。そう言う意味では、つぐみとはタイプが違うにせよ、非常に優れたコミュニケーション能力の持ち主だと言える。  この日も祐介は、杵淵への牽制を忘れなかった。 どうやら杵淵の彼女が学園祭に来るらしい、という噂を聞きつけ、すかさず声をかけた。 「杵淵、彼女来るんだって?楽しみだなー、可愛い子なんでしょ?たしか・・亜衣ちゃんだっけ」  なんで名前まで、と杵淵は警戒した。  祐介はいつも笑顔だったが、目が笑っていない感じがして、杵淵は慎以上にこの男が苦手だった。  当然だが、祐介は嫌味のつもりで言った。  (お前には可愛い彼女がいるんだから、理性ぶっ飛んで鮎川に手を出すなんてことしないでくれよ?)  そういう意味だった。  つぐみは慎と祐介の隣に、プラカード持ちとして立たされていた。  祐介が軽快に声をかけ、隣に慎の美貌がある。開始早々、女性を中心に瞬く間に行列ができるのを目の当たりにして、つぐみは感心した。まさに最強の布陣。面白いように女性達が吸い寄せられている。  開始当初から売れ行きは好評だった。昼頃に近づき、祐介が慎とつぐみに「休憩行ってきていいよ」と声をかけた。 「じゃあ、祐介先輩の分も何か買ってきます」  と言って、慎とつぐみは近くに連なる模擬店を物色し始めた。ふいに後ろから名前を呼ばれて振り向くと、そこには見覚えのある顔があった。  明るい色のストレートの髪。癒し系、と言えるだろうか。おっとりした感じの、優しげな雰囲気の美少女で・・杵淵の彼女。 「亜衣・・」 「久しぶりね!つぐみ、元気だった?」  つぐみは、杵淵に対して邪な感情を抱いてしまった罪悪感から、亜衣との再会を心から喜べていなかった。返事をしながらも、その心は重かった。   (亜衣・・という事は、これが杵淵の・・)  慎はつぐみの横で、なんとなく元気のないつぐみの様子を気にしていた。そのとき、亜衣が慎の存在に気づき、 「まさか・・つぐみの彼氏?」  と聞いてきた。亜衣は慎の方を見て、そして息を飲んだ。そこには驚くほど端正な顔をもつ男性が立っていたからだ。  つぐみがサークルの先輩だと即答すると、亜衣は 「そっか、さすがにね」  と言ったので、その一言が慎は気に入らなかった。亜衣がなかなかの美人だったので、つぐみを下に見ているような気がしたのだ。  実は亜衣にはその様な感情はまったくなかったのだが、あまりの慎の美貌に気圧され、つい口を出た一言だった。   慎はいきなり、つぐみの腕を掴んで自分に引き寄せた。そして憮然とした表情で、 「彼氏ですけど、何か?」  と言い放ったので、場に衝撃が走った。 「えっ!やっぱり、そうなんですか!?」  亜衣は驚いた。そしてつぐみの方を見ると・・つぐみがなんとも言えぬ変な顔をして、慎の方を凝視しているではないか。亜衣は焦った。  ・・なんだろう、何か2人は微妙な時期で、自分は聞いてはいけないことを聞いたのかもしれない・・気まずいものを感じた亜衣は、 「ご、ごめんねつぐみ、何か邪魔したみたいで」  と言って、そそくさとその場を後にしたのだった。 「あんた一体、何言ってんですか?」  つぐみは変な顔で慎を凝視したままで言った。  すると慎は不機嫌な表情で 「別に。あの女が、お前を見下した感じがして、ムカついたから」  と答えたので、つぐみは、はて?と固まった。 (ん?・・私の・・為?)  つぐみは驚いて顔をあげたが、慎は行くぞ、とだけ言って不機嫌そうに歩いて行ってしまった。慌てて後を追いながら、つぐみは思った。  一ノ瀬先輩は本当に不思議な人だ。なんだか、自分の予測の範疇をいつも超えてくる。こういうのを宇宙人っていうのだろうか・・  つぐみにとって慎は、 "関わりたくない人 " から " 理解不能の人 " になっていた。  午後に入ると、学園祭はミスコンやお笑いライブなどのイベントも始まり大いに沸いていた。  テニスサークルの模擬店も順調に売り上げを伸ばしていた。学園祭は17時までで、模擬店の出店時間は16時半までだったが、16時前には商品であるたい焼きが完売した為、テニスサークルは一足早く後片付けを始めた。  ある程度の片付けが終わると、杵淵は彼女も来ているので、一足早く帰らせてもらうことになった。  亜衣を伴って歩いていく杵淵の後ろ姿を確認して祐介は、さすがにこの後、杵淵とつぐみがどうにかなる可能性はないだろうと考えた。そして、自分も早々に帰ることにした。自身も、休憩中に声をかけた女の子と約束していたからだ。  しかし、この後、事態を急変させる出来事が起こってしまう。この時点ではまだ、当事者達は誰もその事に気づいてはいなかったが。      
/22ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1825人が本棚に入れています
本棚に追加