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エピローグ
「飲み会なんて、とんでもない。絶対ダメだからな」
そう言ったのは一ノ瀬慎だ。
「いや、ですから、先輩の考えているような、いかがわしい飲み会じゃなくてですね、健全な同窓会なんですよね?それに未成年だから、お酒も飲みませんし」
そう引き気味で答えたのは、つぐみだった。慎は言った。
「同窓会なんて、1番いかがわしいだろ。仲のいい奴は普通に集まればいい。それ以外の昔の同級生に会って、一体何をしようっていうんだ?どうせお前のようなお人好しは、真面目そうな男に "昔鮎川のことが好きだったんだ" とかなんとか言われてコロっと騙されて、そのまま持ち帰られたりするんだろ?」
「せんわ!!あんた一体、私をどんな女だと思ってんだ!?」
お父さんかよ!とつぐみはツッコミをいれた。
「とにかく、駄目。お前は前科持ちなんだから。隙があるんだよ隙が」
その言葉につぐみが、まだ言うか、と小さく悪態をつくと、
「当たり前だろ。好きな女の処女を奪われて、そう簡単に忘れる男がいるか」
と、とんでもないことを言ったので、これには流石のつぐみも、顔を真っ赤にして、わなわなと肩を震わせた。
「なっ、なんっちゅーこと言ってんだアンタは!」
「あれ?違った?」
「違くないけど・・ってそうじゃなくて!もう帰れ!」
2度と来んなよ!と言って、慎を教室の外に追い出し、ぴしゃんとドアを閉めた。その間際、慎が
「バイト終わったら電話するからな、ちゃんと出ろよ!」と付け加えた。
そんな2人のやりとりを見て、友人達はニヤニヤ笑っていた。
「いいなぁ、つぐみ。一ノ瀬先輩にあんなに構われて」
慎は、あの日以来、つぐみの講義のスケジュールを強引に奪い取ると、何かとつぐみの前に現れていた。もはや、今の光景は、日常となりつつあった。
「はぁ!?あの人、頭おかしいし!全然羨ましくないし!」
ムキになるつぐみを見て、笑ったのは奈江だ。
「でもほんと、愛されてるよね、つぐみ」
奈江に言われて、口をつぐんだつぐみだった。
確かに、一日に何度も慎が現れては、あーだこーだ言うので、つぐみはあれから落ち込まずに済んでいた、というか、落ち込む暇がなかった。
(まぁ、色々、一ノ瀬先輩のおかげだとは思ってるけど・・)
午後になると、再び慎が現れて、
「おい、バイト終わったら電話するからな。同窓会だかなんだか知らねぇが、へんな事になんじゃねぇぞ、てめえ」
脅し文句としか思えないセリフを言って去ろうとする慎を、つぐみは呼び止めた。そうして、たどたどしく、こう言ったのだった。
「先輩が心配するような事は、絶対にないと誓います。だから、電話はホントにしなくて大丈夫です。
それで、あの、ですね・・先輩が、何故かはわかりませんが、私のことを・・その、真剣に、想ってくださっていることは、分かっていますので、私もですね?・・ちゃんと先輩の気持ちに答えられるように、向き合いたい、と思ってます。・・でもですね、まだ失恋したばかりで、そこまで気持ちがついていかないと言うか、何と言うか・・。ですから、その、もう少しだけ、待っていて貰えないでしょうか」
慎は、背中でそれを聞いていた。しばらく間をおいてから、背中のまま慎は言った。
「・・分かった。でも、電話はするから」
その時だった。慎が振り返った。その完璧に美しい顔には、満面の笑顔が咲いていた。
それはまるで少年のような、純粋で、無垢な笑顔であった。
「俺が、電話したいだけだから」
それだけ言って、慎はまた歩いて行った。
つぐみは呆然と、その慎の後ろ姿を見つめていた。心臓が、ばくばく、音量を上げている。
(・・あんな一ノ瀬先輩の顔は、初めてみた・・っ)
つぐみは自分の顔が赤くなっていることに気がついた。
一ノ瀬先輩は、一体自分の何を、気に入ってくれたのだろう?考えても、つぐみには分からなかった。そして、不安に思った。本当に、あの無茶苦茶な一ノ瀬先輩と、上手くやっていけるのだろうか・・?
つぐみには全く、自信がなかった。
でももう、逃げられないような気がしている。
(おわり)
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