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コンプレックスの先に
「え?」
つぐみは奈江から昨日の事の顛末について報告を受けていた。
あれから一ノ瀬先輩を見つけて声をかける事が出来たこと、自分の気持ちをはっきり伝えられたこと、そしてその後、2人でホテルへ行って一夜を共にした・・という内容だった。
つぐみはデジャブを感じた。里子の時と同じではないか・・。
ともかく、すんでしまったことは仕方がない。あとは奈江を応援するしか道はなかったので、
「おめでとう。よかったね、奈江」
と言ったが、内心は複雑だった。
時を同じくして祐介もまた、昨日の事を慎に確認し、同じような報告を受けていた。
「ふーん。やったんだぁ」
祐介は少し間を置いてから聞いた。
「なんで?慎ちゃん、奈江ちゃんに興味無さそうだったでしょ?いつもはああいうタイプの子、敬遠するのに。好きになったわけ?」
「・・別に。意外にも食い下がるから、気が向いただけ」
そう答えた慎は、いつもの通り冷めた様子に見えた。
慎は近い友人達に人気のある女には手を出したことはない。慎なりに気を使っているのだと祐介は思っていた。だから奈江のことは断るだろうというのが祐介の予想だったのだ。
(どういう風の吹き回しなんでしょーかねー?)
祐介は最近、慎が意外な行動をするので特に注意して観察している。というか、面白がっていた。
まぁしばらく、様子を見ますか。
その日、慎と祐介はまたテニスサークルにやってきた。慎のサークルへの参加率が上がったことにも祐介は注目していた。2人はそんなに真面目な部員では無かったので、以前は行っても週に1回程度だったのが、ここ最近は少なくとも週の半分は参加している。
祐介は休憩中など、慎の視線に注目していた。今日も慎の視線の先を追うと、奈江がいた。・・と思ったが、その後奈江が移動しても慎の視線は動かなかった。
そのまた先を見ると、そこには鮎川つぐみがいた。女の先輩数名と楽しそうに話している。ここからでも会話が弾んでいることが見て取れた。
(・・やっぱ鮎川つぐみ、か)
慎はつぐみが楽しそうに話している様子を眺めていた。なんとなく、それだけでイライラしてくる。
誰にでも好かれて、いつも輪の中心にいるつぐみ。特別容姿は優れていない。すごく不細工というほどではないにしろ、つぐみを美人と評する人間はおそらくほとんどいないだろう。
それなのに、卑屈なところはまるで無い。明るく、親切で、慎が威圧しても気圧されない強さもある。
それに比べて、自分はどうだろう。容姿以外取り立てて取り柄と呼べるものはない。自分の容姿がこうでなかったら、誰か自分に興味をもつ人間などいるのだろうか。
慎にはつぐみが自分に無いものすべてを持っている様に思えた。きっと、だから、気に入らない。誰にでも好かれる明るさも、慎をまっすぐ見据えたあの誠実な瞳も。どれも慎が持っていないものだった。慎はつぐみが自分の持つコンプレックスを逆撫でする存在であることを認識し、だからこんなにもつぐみのことが気に入らないのだと理解した。
その時、つぐみに声をかけた人物がいた。杵淵亮太だ。
つぐみと杵淵は親しげに2、3会話をするとコートへ向かい、そのまま試合を始めた。2人とも生き生きしていた。
その様子を見た時、慎は杵淵の言ったことを思いだした。慎がつぐみを堕とせるか賭けをすると言ったとき、杵淵は珍しく慎を咎めた。サークル会員の中で誰が好みかという話題のときにも、杵淵はつぐみと答えたのだ。
「祐介。・・あいつら、どういう関係かな」
「あいつらって?」
祐介は解っていたが、意地悪で聞いてみた。
「杵淵と・・つぐみ」
「ん?ああ、2人ともテニス愛してる組でしょ?ただそれだけじゃない?」
慎はそれでも黙って何かを考えているようだった。ふと隣りで聞いていた友人の1人が、
「ああ、あいつら同じ高校のテニス部出身だってさ」と言った。
ああ、それで、と言ったあと慎は、杵淵には高校の頃から付き合っている彼女がいるという話を思いだした。そしてある考えに至った。
「・・もしかしてあいつら、付き合ってるのか?」
「いや、そんな話は聞いたことないけど」
慎は、そうか、と答えてからまた2人の方を見ていたが、苛立っているように祐介には見えた。
奈江は緊張していた。
慎の姿を確認するも、気恥ずかしさと冷たくあしらわれるのではという不安とで、未だ慎に声をかけられずにいた。帰りに挨拶くらいはしたいと、慎が部室から出てくるのを待っていたのだ。
その隣にはつぐみがいた。奈江についてきてくれと頼まれたのだ。つぐみは気乗りしなかったが、里子の一件のこともあるので奈江を無視して帰ることは到底できなかった。
そこへ慎と祐介が出てきた。
奈江は勇気を振り絞って、一ノ瀬先輩!と声をかけた。
慎が声の方に振り返ると、そこに奈江とつぐみの姿を確認した。
「一ノ瀬先輩、お疲れ様です。あ、あの、昨日はありがとうございました。その・・」と奈江がしどろもどろ話していると、突然慎が
「奈江」と呼んで、奈江の肩を引き寄せた。
「今度、また」
と奈江の耳元で囁く。
祐介は、奈江を抱き寄せた慎の視線が一瞬つぐみを見たのを見逃さなかった。
慎は奈江にそれだけ言うとそのまま帰って行った。
つぐみが横の奈江を見ると、奈江は真っ赤になって囁かれた耳に手を当てていた。
つぐみは安心した。一ノ瀬先輩は奈江のことは本気で好きなのかもしれない。
「奈江、よかったね」
心からの言葉だった。
祐介は今日一日慎を見ていて、ある程度の核心を持った。今日、慎が奈江のことを気にかけるそぶりは全くみられなかった。なのに別れ際のあの変わり様。理由として思いつくのは一つだけだった。
(奈江に手をだしたのは鮎川への当て付けか・・)
そう思って、こう慎に問いかけた。
「慎ちゃんはさぁ、もしかして、鮎川ちゃんにかまって欲しいのかな?」
慎は驚いて祐介の方を見やった。
「は?なんだよそれ。そんな訳ねーだろ」
そこには僅かだが動揺の色がみえたが、驚きの色の方がはるかに上回っていた。
祐介は、はぁ、と溜息をつくと、こう続けた。
「慎ちゃんさぁ・・それ、完全に逆効果なんだけど」
慎は、何が?と本気で怪訝な顔をした。ので、祐介は諦めたように言った。
「そっか、慎ちゃんにはまだわかんないか・・んーん、何でもない、気にしないで」
慎はだから何が、とその後も怪訝な顔をしていた。
それを見て祐介はこの美貌の友人を哀れに思った。
(自分で気づいてないにしろ、気になる子いじめるとか小学生レベルなんだけど・・)
そして、こりゃあ自分が一肌脱がないとなと考えた。その顔には"面白そう"と書いてあった。
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