第一話 揺らめく半月

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第一話 揺らめく半月

 深い、深い眠りについた夢の中。今日も私は不思議な世界へと誘われた。  夢の中の私は、決まって幼い頃の姿をしていた。 (誰かの声が聞こえる……) 「僕と約束をしよう、宮坂柚月(みやさかゆづき)。  何、そんなに大したことじゃない。少しお願いを聞いてもらいたいだけさ。  君は、大切なお兄さんを失った。とても悲しいことだね……でも、死んだ人間は生き返らない。当然のことかもしれないけれど。  でももし仮に、彼が生き返るとしたら……?  君はそれを望むのかな? それともお兄さんを見捨てる?  君は、どちらを選ぶ……?」 (私は……) ***  軽快な目覚ましの音に目を覚ます。鳴り続くスマホに手を伸ばすと、アラーム音を停止させた。画面を確認すると、時間は朝六時を示している。いつもの起床時間だ。私はゆっくり体を起こし、ベッドから降りる。  ……なんだか不思議な夢を見ていたような気がする。しかし、夢の内容は全く覚えていない……私の気のせいだろうか?  今日は新学期初日。私、宮坂柚月は今日から高校二年生になる。新しいクラスに、新しいクラスメートたち。一体どんな一年になるのか、どんな人に出会えるのか、期待に胸を膨らませる。  私は朝の身支度を済ませると、軽い朝食をとった。 「柚月、今日から新学期でしょう。忘れ物はない?」 「大丈夫だよ、心配しないでお母さん」  お母さんにそう告げると、カバンを手にして、「行ってきます」と声をかけて玄関を出る。「行ってらっしゃい」といつものように返事が聞こえた。  家を出ると、いつものように家の前で待っている人物が目に入る。彼は私の幼なじみ、村雲蒼馬(むらくもそうま)だ。私は家に背を向けて待っている蒼馬に声をかけた。 「おはよう、蒼馬」 「おはよう柚月」  蒼馬とは親同士が仲の良い関係で、小さい頃からずっと一緒にいる。小学校から同じ学校に通っていて、中学、高校も一緒だ。蒼馬は誰に対しても優しい性格で、私は彼のそういうところが好きだ。 「柚月、今年は一緒のクラスだといいな」 「そうだね、去年は離れちゃったもんね」  去年、私たちは別々のクラスだった。蒼馬と一緒だと楽しいから、今年こそは同じクラスになれたらなと思うばかりだ。  蒼馬といつものように雑談を楽しんでいると、あっという間に学校に着く。春休み明けの学校は、何だか新しい世界に見えた。  校舎前の掲示板に辿り着くと、自分のクラスを確認する。私のクラスはどこだろう……。 「あ、あった。柚月、同じクラスみたいだよ」 「え、どこ?」 「二組のところ」  そう言って蒼馬は二組の欄を指差す。そこには確かに私と蒼馬の名前があった。 「本当だ! 良かった。それに、由香も一緒だ」  由香は私が一年生の時に同じクラスだった仲の良い友達だ。今年は蒼馬も一緒だし、楽しい一年になりそうだ。 「じゃあ、新しいクラスに行こうか」 「うん」  私たちはさっそく新しいクラスへと向かった。  新しいクラスは初日から賑やかだった。私はあまり賑やかな空気は好きではないが、新学期初日のこの空気は嫌いではない。  新しい席に着くと、由香がすぐに私の元へ来てくれた。 「おはよう優等生!」 「おはよう由香、……その呼び方やめてって言ってるでしょ」 「えー、いいじゃん、本当のことだし。というかまた同じクラスだね、よろしく!」 「よろしく」  由香はとても明るい性格をしていて、私とは正反対だ。一年生の時、一人でいる私に彼女がこうして声をかけてくれた。そのおかげで私はクラスに早く馴染めたし、彼女には感謝している。私にとってはとても大切な友達だ。 「ねえねえ、今日の放課後空いてる? よかったら寄り道して行かない? ……柚月連れ回すと蒼馬さんに怒られちゃうかな」  そう言って由香は蒼馬の方をチラッと見る。蒼馬は他の男子たちと話をしていた。由香は私と蒼馬が幼なじみということを知っているから気にしているのかもしれない。 「ごめん、今日は部活があるんだ」 「え、新学期初日なのに!? あの寂しい部活でいったい何をするの?」  私が所属している茶道部は、確かに由香の言う通り寂しい部活動になっていた。というのも、正式な部員が私を含め二人しかいないのである。元々はもっと大人数だったが、去年からのある噂が原因で退部したり、幽霊部員になったりする人が増え、結果的に私と、助っ人で入部してくれた蒼馬しかいなくなってしまったのだ。  その噂とは、茶道部の活動場所である茶室に幽霊が出るというものだ。初め、部員のみんなはそんな噂を全く信じていなかったが、窓が風もなく揺れたり、謎の声が聞こえたり、怪奇現象といえるものが度々起きたことで、みんな怖がって結局いなくなってしまった。  窓が揺れたのは偶々で、謎の声なんていうのも空耳だと私は思うとみんなに説明したが、みんなは茶道部に戻ることはないようだった。  そんな時に弓道部に所属していた蒼馬が、茶道部の活動日が弓道部が休みの日ということで、急遽入部してくれることになったのだった。  今日は本来なら部活はないのだが、顧問の先生が減った部員に危機感を持ち、次の新入生歓迎会の準備をすると言い出したため、急遽部活になった。 「顧問の先生が、新入生歓迎会の準備をするって張り切ってて……色々準備しないといけないの」 「そうか、茶道部も大変だねー。頑張れ柚月、ファイトだ!」 「そういうなら由香も入部してよー」  不貞腐れたように由香に言う。 「いやいや、私に茶道は柄に合わないって!」  由香は茶道のような静かな部活は苦手だ。彼女は部活には所属していないから、本当は入ってくれたら活動も賑やかになるのだが、彼女の意思は揺るがないようだ。 「入りたくなったらいつでも言ってね」 「はいはい、部長さん。ありがとうございます」  それから、新しい担任の先生がクラスに入ってきた。先生の自己紹介を聞き、私たちも一人一人自己紹介をした。  長いオリエンテーションやテストを受けて、ようやく放課後になった。  部活のない生徒たちは次々に下校して行く。私は別棟にある茶室に向かおうとすると、蒼馬が話しかけてきた。 「柚月、ごめんな。今日は弓道部の活動があるから、茶道部は任せるよ」 「ううん、気にしないで。弓道、頑張ってね」 「ありがとう」  そう言って教室の前で蒼馬と別れた。  私は一人茶室へと向かう。茶室の前に着くと、鍵がすでに開いていた。先生がもう来ているみたいだ。  今日の活動は長くなりそうだ。私は決心して扉を開けた。 「こんにちは、先生」 「あら、こんにちは宮坂さん。さあ今日は張り切って準備をしましょう!」  先生はかなり若い先生だが、茶道の腕は本物で、お茶を()てる姿には尊敬の念を抱いている。しかし、今は部員を増やすことに何よりも尽力しているから、今日の部活は過酷なことになりそうだ……。 「それじゃあ、まずは宮坂さんが最初にお茶を点てて……」  部活はお茶会の取り決めから始まっていった。 *** (長かった…!!) 「お疲れ様、宮坂さん。頑張ったね! 新入生歓迎会もこの調子でいこうね!」  長い間正座を繰り返していたせいか、もう足は痺れて感覚がない。集中して疲れた。スマホで時間を確認すると、もう夕暮れ時になっている。今日は早く帰って、ゆっくり休もう。  部活は夜になる前には無事に終わった。といっても夜になりかけているが。とにかく早く帰りたくて、部活の挨拶を終えると、すぐに昇降口から出た。 (早く帰ろう……)  昇降口から外に出ると、空は夕暮れの赤と、夜の紺碧が入り混じったような色をしていた。  よく見ると、月がすでに空に浮かんでいる。今日の月は見事な半月で、非常に美しい形をしていた。 「なんか、綺麗だな……」  疲れていたせいもあって、その幻想的な光景に魅せられる。思わずじっとその月を見続ける。  すると、突然私の背後でささやくような声が聞こえた。 「欠けた月をそう長く見つめるのは、飽きないかい?」  びっくりして思わず振り返ると、そこには長身の男子生徒がいた。誰だろう……話しかけてくるということは面識があるということだろうか。 「あ、あなたは?」 「ん、僕? 僕は香山景(かやまけい)だよ」  香山景……どこかで聞いたことのあるような。 「あ、そういえば同じクラスの……! 確か自己紹介の時、名前以外何も言わなかったよね?」  自己紹介の時、みんな名前以外にも色々なことを言ったのに、彼だけ名前しか言わなかったからすぐに思い出せた。 「そうだっけ? 興味ないから覚えてないや」  笑顔で彼はそう言った。この人は、どこか掴めない人だな……。 「私は、今年同じクラスになった宮坂柚月です。よろしく、香山くん」 「うん、よろしく」 「ところで、こんな時間に学校にいるなんて、香山くんも部活で遅くなったの?」 「いや、僕は部活には入ってないよ。ちょっと先生に用があって」 「そうなんだ。じゃあ、また明日学校でね」 「うん。……宮坂さん、」 「なに?」 「今日は寄り道しないで帰ってね」  彼に笑顔で不思議なことを言われる。辺りが暗いから心配してくれているのかもしれない。私は校門へ向かいながら彼に「うん、ありがとう」と言うと彼とそこで別れた。
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