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第二話 新たな部員
帰り道。薄暗くて外灯以外はなにも見えない。部活動があって遅くなる日はいつも蒼馬が一緒に帰ってくれていたから、一人になるのは初めてかもしれない。
特に私が怖かったのは、近所の公園の傍を通る時である。ここは昼間の騒がしさとは打って変わって夜は不気味なほど静寂に包まれる。その差が私には怖かったのだ。
いつも通りその道を抜けようとした時、公園の遊具の方から不思議な声が聞こえてきた。
「たすけて……たすけて」
その声はとても苦しそうで、私はいても立ってもいられず、その声に振り返る。
誰かがそこで倒れているのかもしれない。助けなければと思う一心でその場に駆け寄った。
そこにはうずくまっている白い服の女性がいた。とても苦しそうで、私は咄嗟に手を伸ばすと、その手を、その女性に掴まれた。
「ワタシが見えるの……?」
「……え?」
そう言うとその女性は私に縋り付くように立ち上がる。顔を上げたその女性に、右目は無かった……。
思いもしない状況にパニックになった私は咄嗟に手を払い逃げようとするが、その女性は手を強く握りしめていて離さない。
「ヨコセ、お前の目。その綺麗な目をワタシに!」
私の目にその女性の手が伸ばされる。もうダメだと目を固く瞑った瞬間、彼女は急に叫び声を上げて私から離れていった。
ゆっくり目を開けると、横には思いもしない人物が立っていた。
「か、香山くん!?」
「やあ、宮坂さん。さっきぶりだね」
そこには先ほど昇降口で別れたはずの香山くんが立っていた。
「どうしてここに?」
「うーん、何となく気になってね。それにしても君、コイツが見えるんだね」
「え?」
そう言って再びうずくまっている女性を彼は指差す。この人はいったい何だと言うのだろうか。
「幽霊、だよ」
「幽霊!?」
この人が幽霊……? 確かに片目は無かったし、生きている人間にしては肌が白いような気はする。
しかし、すぐに信じられるわけがない。なぜ私は幽霊と相見えているのだろうか。わけが分からない。
「まさかこんなところにもいるとは、思いもしなかったよ」
「ウゥ……目をヨコセ」
「残念だけど、それは無理だ」
その女の幽霊が再び顔を上げ、今度は香山くんの方へ向かっていった。しかし、次の瞬間、香山くんがその幽霊と目を合わせると、幽霊は叫び声を上げ、散り散りに燃えるように消えていった……。香山くんの目が、一瞬妖しく光ったような気がした。
「い、今のって……」
「ああ、これは妖眼」
「よ、妖眼?」
次から次へと分からないことが起こり、頭が混乱し始める。私は夢を見ているのだろうか。
彼は、いったい何者なのだろう。
「あなたは、一体何者なの?」
「僕はある妖が先祖にいて、その力を受け継いでいるんだ。君は?」
「え、君はって……私は普通の人間だけど」
そう答えた私に彼は不思議そうに首をかしげる。普通の人間というのがそんなにおかしかったのだろうか……。私には分からない。
「普通の人間が見えることはごく稀だけど、そういうこともあるのか」
彼は一人でうんうんと納得しているようだけど、私にはちんぷんかんぷんだった。
「宮坂さん。このことは、他の人には内緒ね?」
彼は子どもに言うように人差し指を口元に立てて、そう告げる。私は混乱しながらも、言ってはいけないことだと理解し、首を縦に振った。
私は、クラスメートのとんでもない秘密を知ってしまった……。
***
次の日、いつも通り学校に登校すると、昨日と何ら変わりない香山くんの姿があった。
一日経った今でも、いまだに信じられていない。あれは何だったのだろうか。そもそも、なぜ私に幽霊が見えたのだろうか……。
そういえば、今日の登校中も、道にやけに人が多いと感じた。もしかして、あの人達も……?
「おはよう、優等生! 何、考え事?」
「あ、おはよう由香。うん、ちょっとね」
「何だ何だ、部活のこと? 昨日の活動大変だったみたいだね」
「うん、すごく大変だったよ……」
本当のことなど言えるわけがない。私は昨日の部活の話をすることにした。
そんな私を香山景が見ているとは知らず……。
放課後。今日は部活のない日だ。蒼馬は弓道部があるから一緒には帰れない。私は由香と帰ろうと思い、彼女に声をかけようとした時だった。
ポンっと誰かに肩を叩かれる。
「宮坂さん、ちょっと話があるんだけど」
「え、香山くん。……何?」
「あっちで話そうよ」
そう言われて人気のないところを指差される。昨日のことに違いない。私が誰かに言うと考えて脅迫しようとか考えていないだろうか……。恐怖心を抱いたまま、笑顔の彼についていく。
その場所に着くと、彼は単刀直入に告げた。
「僕も茶道部に入りたいんだ」
「……え?」
「いいかな?」
予想外のことで一瞬固まる。彼が茶道部に? どういう風の吹き回しだろう。昨日の今日で何があったというのだろうか。
私は恐る恐る彼に聞いてみる。
「どうして急に?」
「ちょっと気になることがあってね」
そうにこやかに返答されて、何も言い返せない。新入部員は大歓迎だが、彼のことは昨日のこともあり、少し警戒している。
そんな彼を茶道部に入れていいのだろうか? しかし、断ったと知られたら先生に激怒されそうだし……
「分かった」
そう言うと彼は目を細めて「良かった」と私に言う。
「じゃあ、さっそく茶室に行こう」
「え、今日は休みだよ?」
「あそこに住み着いてる奴ら、どうにかしなくていいの?」
その言葉にゴクリと唾を飲む。そうだ。私は昨日からなぜか幽霊が見えるようになった。もしかして、今茶室に行ったら、本当に見えるかもしれない……。噂の幽霊が。
「い、行こう……」
「うん」
私たちは職員室で鍵を取った後、茶室へと向かった。
「そういえば、昨日はありがとう……お礼言いそびれてた」
「別に、気にすることないよ。日常だから」
「日常、なんだ……」
そんな会話をしながら茶室に着くと、誰もいないのに、相変わらず窓がガタガタ鳴る音が響いていた。今までは古いからだと勝手に解釈していたが、まさか本当に……。
鍵を開け、戸をガラガラと引く。上履きを脱ぎ、襖を開けると……
顔の真近くで骸骨と目があった。
「キャー!!」
思わず叫び声を上げる。その場で尻餅をついた。後ろに香山くんがいるが、恥ずかしいなどとは言っていられない。こんなものが茶室にいたというのだろうか? だとしたら私は今までずっとこれと……
「うーん、思ったよりたくさんいるね」
尻餅をついた私に対して香山くんはスッと茶室に入っていく。彼に怖いと言う感情はないのだろうか。
落ち着きを取り戻して再び立ち上がると、私も香山くんに続いて茶室へと入っていく。そこには小さいものや少し大きなもの、歪な形をしたものなど、数えれば十ほどいそうだった。
「彼らは別に、悪さをしているわけではなさそうだね」
彼はどう見分けをつけているのだろうか。私にはさっぱり分からない。
「この場所が気に入っているだけみたいだし、放っておいていいかも」
「え、そうなの?」
見るからに邪悪な見た目のものもいるが、彼によると害はないと言う。しかし、ここはお茶を点てる場所。こんなに賑やかでは集中できない。それに、まだ自分が幽霊達を見ることができるという事実が信じられないというのに。
「こんなに幽霊がいたら、集中できないよ!」
「大丈夫、うるさくしないように注意しておくよ」
香山くんはにこやかにそう告げる。私は彼の意見に従うほかなかった。
「そういえばさ、気になっているんだけど」
「何?」
「宮坂さんは、元々見える体質なの?」
私はその問いに全力で首を横に振る。
「違うよ、昨日突然見えるようになったの! 何でかは分からないんだけど」
それを聞いて香山くんはしばらく考えた後、私に言った。
「もしかしたら、僕のせいかも」
「え、それってどういう意味?」
「分からないけど、月を見上げている君に僕が話しかけたから、何らかの形で影響したかもしれないな」
詳しく理解することはできないが、彼が引き金になっているのなら納得はできるかもしれない。不思議な力を持つ彼なら、私に何らかの作用があったということもあり得る話だ。
「これって、元に戻るのかな……」
「僕も元に戻すのに協力するよ。どうすればいいかは分からないけど、そのうち直るんじゃないかな? これからよろしく、宮坂さん」
笑顔で彼にそう言われる。私は色々なことが起こりすぎて混乱していたが、改まって歯切れ良く答える。
「よろしく、香山くん」
こうして茶道部に新たな部員が誕生した。
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