第八話 裏切り

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第八話 裏切り

 私は女狐の近くに倒れた由香のそばに駆け寄る。幸い、怪我はないようだった。  三人もすぐにこちらに来てくれた。よく見ると、つづみと香山くんは狐に噛まれた痕があり、蒼馬は先ほど女狐に飛びかかったために、膝から血を流していた。  私のせいで、三人に怪我をさせてしまった。私は、彼らに何と言ったらいいのだろう。気づいたら溢れていた涙を拭って、三人に感謝の言葉を伝えた。 「……ありがとう、みんな」 「神崎さんが無事でよかった。宮坂さんも蒼馬くんも、あの時協力してくれてありがとう。つづみもありがとうな」  そう言って香山くんは珍しくつづみの頭を撫でる。つづみはいつになく嬉しそうにしていた。 「当たり前ですよ」 「それよりも、女狐は本当に倒れたのか?」  蒼馬は不安そうにそう言う。彼には女狐の姿が見えていないから、当然不安になるだろう。しかし、女狐は眠っているように見える。確か、前に香山くんが妖眼を使った時は、幽霊は散り散りに消えていった。 「完全には倒れていない」 「え、そうなの?」  私は驚いて声を上げる。倒れていないということは、また起き上がるのだろうか。 「女狐のような妖怪は普通の幽霊と違って頑丈だからね。でも、もうすぐ消えるはずさ」  香山くんはそう呟く。そういえば、なぜ女狐がこうして襲ってきたのか、分からないままだ。  あの時、香山くんが聞き出そうとしたが、女狐は何も言わなかった。決して口を開こうとはしなかったのだ。 「何で、女狐は襲ってきたんだろう。何も分からないままになっちゃった……」 「そんなことはないよ」 「え?」  驚いて香山くんの顔を見上げる。 「収穫はあった。女狐は何者かに使われていたということもね」 「何者か……?」  女狐を操っている何者かがいる。そういうことだろうか。まだ私は自分が襲われる原因も何も知らない。しかし、香山くんが何か勘付いたのなら、原因に一歩近づくかも知れない。 「後で詳しく教えるよ」  その後、私達は屋上から校内へ戻ると、先生達に由香を屋上で見つけたことを説明し、彼女を先生達に委ねた。三人は保健室で傷の手当てをしてもらった。  後から先生達に事情を聞かれたが、本当のことを言うことは出来なかった。怪しまれたが、怪我をしていることと、事件に巻き込まれた可能性があるとして、私達は早退することになった。  つづみとは保健室でお別れし、蒼馬と香山くんと私の三人で教室へ荷物を取りに戻ろうとしていた時だった。 「あ、ごめん。俺、家の鍵を屋上で落としたみたいだ。悪いけど先に行っててくれないか」  蒼馬がそう言い出した。 「うん、分かった。一人で大丈夫?」 「大丈夫だよ」  私はそう尋ねると、蒼馬は大丈夫だと言って屋上へ戻っていった。 「大丈夫かな、蒼馬」 「女狐はそろそろ消えるはずだから、きっと大丈夫だとは思う」  香山くんがそう言うということは、危険なことはないのだろう。私はそのまま彼と教室へ戻った。 「あれ、これって……」  教室に到着し、荷物をまとめた後、蒼馬の鞄を見て気づく。蒼馬がつけているキーホルダーに家の鍵がしっかりついていたのだ。  もしかしたら、蒼馬は屋上で鍵が見つからず、ずっと探しているかも知れない。教えてあげないと。  私はそう思い至って屋上へと向かうことにした。 「香山くん、蒼馬の鍵ここにあったから、私もちょっと屋上に行ってくるね」 「うん、分かった」  一応香山くんに報告していくことにした。彼に報告を済ませると、急いで屋上へと向かった。  立ち入り禁止のロープを潜り、再び屋上の扉の前に着く。急いで扉を開けようとして、やめた。  よく見ると、蒼馬がずっとある場所に立っている。あそこは確か、女狐が倒れていた場所のはずだ。  蒼馬はあそこで一体何をしているのだろう。何となく、胸騒ぎがして、ゆっくり扉を開けて屋上に行くと、近くに寄った。 「……」  聞き耳を立てると、話し声が聞こえる。蒼馬は誰かと話しているようだ。自分でも何で蒼馬を疑うような行動をしているのか分からなかったが、胸騒ぎが止まらなかった。 「……ない」  もう少し近づかなければ聞こえない。私は壁に沿って、ゆっくり距離を縮めて聞き耳を立てた。 「お前は本当に使えないな」  蒼馬……?    下に倒れた女狐はまだ消えてはいないようだった。蒼馬がそんな女狐を見下ろして酷い言葉を口にしている。  なぜ、蒼馬に女狐が見えているの……?  心臓がバクバクと鳴り始める。出そうになる声を抑えるために咄嗟に口を手で覆った。 「宮坂柚月を連れて来いと言ったんだ。そんなことも出来ないのか」 「お許しください、主人様。相手が、悪かったんですの。まさか、あの先祖返りがこんなに……」  女狐が蒼馬を見上げてそう懇願しているのが見える。  嘘だ……。蒼馬がそんな、そんなこと。するはずがない。  あの優しい蒼馬が、さっき香山くんが言っていた女狐を操っている真の敵だと言うの? 「お前のせいで、僕のことが香山景に勘付かれた。お前はもう用済みだ」 「待って、お待ち下さい主人様!」  その言葉を最後に、女狐は散り散りになって消えていった。その様子をただ平然と見下ろす蒼馬に、私はつい後ずさる。すると、後ろにあった小石が摩擦で音を立てた。  どうしよう。気づかれる!! 「誰だ」  私は咄嗟に入り口の方へ向かう。音を立てないように、ゆっくりと。ここは蒼馬からは死角になっているが、後ろからすぐ彼が来ている。今扉を開けたら、いたことがバレてしまう。  私は何か方法はないか考えて、咄嗟に思いつく。そうだ。今来たフリをすれば……。  私は決心して後ろを振り返ると、今屋上に来た風を装って蒼馬の前に飛び出した。 「蒼馬!」 「……柚月?」 「家の鍵、教室にあったよ! 伝えておこうと思って」 「ああ、だからか。見つからないと思ってたよ。ありがとう」  そう言って笑みを溢す蒼馬は私が見るいつも通りの蒼馬だった。  さっきのは一体何だったんだろう。 「さあ、早く教室に戻ろう? ここにいたらまた先生に怒られちゃう」 「そうだな」  そうして私達は屋上を後にした。先ほどの蒼馬はまるで別人のようだった。蒼馬は私が一番信頼している幼馴染みだ。未だに信じられない。彼が、私を妖怪達に襲わせているかも知れないなんて。早く、香山くん達に報告しないと……。  私は内心焦って蒼馬とともに教室へと向かった。  教室に着くと、すぐに香山くんに話しかけた。 「香山くん、あの……話があるんだけど」 「柚月」  そんな私の話を蒼馬が遮った。 「今日、ばあちゃんが家に一人だから、出来るだけ早く帰ってあげたいんだ。悪いんだけど、その話、急ぎじゃなければ明日にしてもらえないか?」  蒼馬から突然そう言われる。確かに、蒼馬の家はいつもお母さんがいるようだが、今日はいないと朝に聞いていた。だから、そう言ってきても何ら不思議ではなかった。 「……分かった」 「ありがとう」  蒼馬が笑顔でそう返答する。蒼馬の様子は、いつもと何ら変わりない。私もその様子に、いつも通りに振る舞った。  下校中、普段と変わりなく私達は会話をする。さっきのは本当に蒼馬だったのだろうか。そう問いたくなるほど、今一緒にいる蒼馬は私の知る彼だった。  そうして私の家の前まで辿り着く。別れ際、彼は突然切り出した。 「なあ、柚月」 「ん、何?」 「柚月は景のこと、どう思ってるんだ?」 「どうって?」  質問の意味が分からなかった。それは部員としてだろうか。彼の質問の意図がいまいち分からなかった。 「普通に好きだけど」  そう正直に答える。 「そうか」  そう答えた蒼馬は一瞬寂しげな表情をしたが、すぐに笑顔に戻った。 「それじゃあ、また明日」 「うん、じゃあね」  手を振った蒼馬の笑顔を初めて怖いと思った。
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