いくつもの涙の後に【差分】

「はい、昨日借りた傘」
「いつでも良かったのに」
　今日は、いい天気に晴れている。
　夕焼けが、綺麗だ。
　帰り道、茉以は智樹のアパートの前で名残惜しそうにとどまっていた。
「もう少し家が遠かったら、一緒に寄り道とかできるのに」
「じゃあ、上がってく？」
「いいの？」
　昨日お邪魔したばかりの智樹の家に、茉以は再び入った。
「そういえば、さ。本、少し読んだよ。一番最初の『さみだれ』って小説」
「あれはいいよね。俺、あの短編集の中で、一番好き」
　二人はお茶を飲みながら本を開き、ああだこうだと感想を言い合った。
「ここでさ、芳郎はなぜ泣いたんだと思う？」
「それはもちろん、悲しかったから、じゃない？」
　そうじゃない、と智樹は柔らかな笑顔を茉以に向けた。
「嬉しかったんだ。嬉しくて、泣くこともあるんだよ。人って」
「片岡くん……？」
　智樹の目から、ぽろりと涙が一粒こぼれた。