二人きり

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美雨が目を覚ました時、彼女は見当たらなかった。 今は何時だ?まぶたの隙間から目線を動かすが、窓も時計もないせいでまるでわからない。部屋は昨日と同じ、ほの暗い灯りのままだ。昨晩ここへきたのは確か22時ごろだったはずだが…そのあとは時間を気にする余裕などなかった。毎度のことながら無茶をさせすぎだ、と昨日の彼女に文句を言うかわりに小さく息を吐く。 重たい腕を伸ばして携帯を見ると、画面の白い光に頭が眩んだ。しょぼつく目で午前5時の表示を見る。あれから7時間も経っているのか。今度は深いため息が出た。部屋のあちこちに散らばっていた彼女の抜け殻がない。隣に、微かな温もりと彼女の匂いが残っているだけだった。 ぐらりと上体を起こす。麻酔のように疲れが残り、動きにくい。テーブルに置かれた灰皿には、吸いかけの煙草の火が寂しそうに燻ったまま彼女の帰りを待っていた。彼女はいつも知らない間に出かけ、早朝ふらっと戻ってくる。絶対に先に帰ったりはしない。だが、戻ってくるということ以外も、何も知らない。 消えかけた煙草を、なんとなく咥えてみる。 彼女の唇の形や、匂い、濡れたまつげが煙の向こうに思い出されては消える。その幻覚を灰皿に押しつけ、美雨は立ち上がって洗面台に向かった。 「恋じゃない」 あの日の彼女を真似て、鏡に向かって呟く。なんとも言えない顔をして、自分が見つめ返す。見たことない表情をしているせいか、鏡の中は違う誰かのように思えた。 行為を終えて美雨を寝かせたあと、いつも「愛してる」と彼女が呟くことを美雨は知っていた。面と向かって言われたことがないのは、自分と愛し合うことを彼女が望んでいないからだと思っていた。美雨自身も、望んではいなかった。 ただ、いてくれればいいのだ。 だから彼女がそうして呟く度に、ひっそりと心の中で「私も」と返すのだった。 以前、一度だけ美雨は「私たちは恋人なのか」と質問した。だが彼女はさらりとこう答えた。 「恋じゃない。だけど、たとえ自分の何かが犠牲になってでも、みーちゃんを守る」 当時、ベッドの上でくっついて互いの温もりを感じながら、2人の間にしばしの無言が続いた。美雨には彼女の言っていることがわかるようなわからないような気がした。しかし、この答えが全てだ、と思った。間違いなく、恋ではないのだ。 彼女を知りたいとは思わない。その心が求める誰かを、微笑みが崩れる瞬間を、誰かの帰りを待つ姿を、別に知らなくてもいい。ほの暗い灯り中で、すべてがただ私だけに向けられるのなら、もう何も知らなくていい。…嘘だ。本当は知るのが怖いだけだ。彼女も同じでありますようにという心がうるさい。「恋じゃない」ともう一度呟こうとしてやめた。代わりに、「愛してる」と呟こうと ガチャ 「ただいま。みーちゃんプリン食べる?」 「え、朝から?」 「あれ、お風呂入るとこだった?」 「ううん、帰ってくるの待ってた」 「愛してる」と呟こうとして、やめた。私と同じ気持ちであればいいのにという願いじみた気持ちを心の奥底にぎゅうっとしまい込んで隠した。 「プリン一緒に食べましょ」
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