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日本の秘境と言われるある県の北部に、四方を山に囲まれた小さな田舎町がある。
そこには、あたかも人目を避けるかのように、藪に囲まれた中に得体の知れない小さな沼が存在する。
秋の夕暮れ時になると沼の底から真っ黒なヘドロまみれの人の霊がたくさん上がって来るのだそうだ。 そして沼の底から霊たちに指示する何者かの声が発せられる。
「河岸段丘を這い上がれ! 田んぼに行って稲を刈れ!」と言う低い声がするのである。
彼らは指示された通り崖や坂道をゆっくりと這い上がって行く。そして上町に上がると田んぼがある方へと歩き出してゆく。 町の人たちには全く見えていないが、彼らは各々の目的の田んぼまで粛々と歩みを進めてゆく。
それぞれに割り当てられた田んぼに到着すると、彼らは夜通し黙々と稲刈りをして沼に帰って行くのだそうである。
こうして彼らに稲刈りをされた田んぼはその年豊作となり、農家によって刈り取られた稲穂と新米が地域の各神社に奉納される。 神社の宮司によって祝詞が奏上され、神事が終わったのちに氏子たちで直会となり、神と共に新米を食すのである。
この時食した新米は格別の美味なのだと言われ、それを食した氏子たちは健康で病気一つせず長寿になると言う。 一見、あり難い事のように思えるが、氏子の一人でこの町の歴史に詳しい古老の話によると暗い因縁があるようだ。
新米を食した氏子は健康で長生きするのだが、八十八歳で老衰によって天寿を全うした者だけが、めでたく[常世の国]へと旅立つことが出来、安穏な暮らしが約束されると言う。
だがしかし、更に長生きをして九十九歳で死ぬとその御霊は餓鬼道に落ちて飢えと寒さに苦しみもがくと言う。 百歳になって死ぬと天道に生まれ変わり、稲の神の一員になってその後は農作業に従事させられると言う。もちろん田植えや稲刈りなど全てが手作業で、かなりの重労働と言う過酷な運命が待ち受けている。
それ以外の者たちは、人それぞれに生前の行いに応じて不幸な死に方をして、死後は畜生道か地獄に落ちるとされる。 それが嫌ならこの町から出てゆくしかない。
なぜこんな事になったのか、今からさかのぼること数百年前。
この地域を治めていた領主が城を築城して城主となった。
その後、戦国時代に入り様々な勢力から目を付けられたこの城は、お家騒動などから次々に城主が変わり、ついには真田昌幸の謀略によって一族は滅亡する。その後、徳川方に付いた裏切り者の真田信幸(後に信之に改名)が城主となり数代続いたが、その後も次々に城主が変わり最後は廃城となり明治維新を迎えた。
初代城主の一族は無念の死を遂げ滅亡したが、滅亡後に怨霊となりこの城と地域に呪いをかけたのだった。 古老の話では、この呪いの呪縛が現代でも続いているそうなのである。
隣県である新潟は日本一の米どころであるのに対して、この県はこの地域のみならず全体的に昔から良い米が獲れず、乾燥地帯も多いので昔から小麦の栽培が中心であった。このため、米よりもうどんのような粉食文化か発達したと言われている。
いずれにしてもこの県は昔から貧しい土地柄であり、現在でも県民の年間平均所得は日本で最下位だと言うデータも出ている。そしてこの町の市政については、もはやいつ[財政再建団体]に陥ってもおかしくない状態だと言われている。
この恐ろしい呪いの呪縛から逃れるには、この町から出て行き他の地域で働いて暮らす以外に為す術は無いのだそうである。
終わり
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