アンハッピー・ピクニック

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しばらく後、ナナオさんはちょっとプルッとしてから、さみぃな、とつぶやいた。4月末とはいえ、夜の山はまだ寒い。 「さて、と。絵馬を探しにいかなくっちゃ」 気を取り直してナナオさんは神社側を振り返る。にぎやかで人の香りをのせた夜景とは対照的に、神社はひっそりと静まりかえり、人を拒むような静謐(せいひつ)なたたずまいを見せていた。 あまり人の手が入っていないのか、かつて朱色に塗られていたと思われる鳥居もインクは剥がれ落ち、ところどころひび割れている。下草も伸び、一見すると少し荒れているようにも思えた。 けれども、鳥居の先の本殿は、少し瓦が落ちているけど歴史のありそうな太く黒ずんだ柱や梁がしっかり地面と接続されていて、小さいながらも堂々とした佇まいを見せていた。そこには山裾から少し感じたおどろおどろしさはなく、安易に足を踏み入ってはいけないような、そんな神聖さで満ちていた。この鳥居は夢と(うつつ)の境目。どっちが夢でどっちが現かはよくわからないけど。 ふいに、僕は、登る前にナナオさんが言っていた、たくさんの悪いものを封じ込めている、という言葉を思い出す。 ハイキングコースや山道を歩いている時は感じなかったけど、鳥居をくぐった瞬間、そんな話もなんだか信じられる気がした。 でも、ナナオさんは特にそういった感銘は受けなかったようだ。
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