109人が本棚に入れています
本棚に追加
「ナナオさん!?」
僕は急いで立ち上がる。
そういえばここは、野犬が出る。
「ナナオさん!? どこ!?」
ぼくは手探りでリュックから引き出した防犯スプレーをつかみ、ひと声さけんで暗い神社の奥へ駆け出す。
ナナオさんを探して名前を呼びながら茂みに飛び込む。
すると急に、僕の手をつかみ引っ張るものがあった。
「シッ。ボッチー静かに」
ナナオさんは僕を茂みの影に引き寄せ耳元で鋭く小さな声を出す。僕はその隣にしゃがみ込み、小さな声で応答する。
「どうしたの? 何かあった?」
ナナオさんはヒリヒリとした雰囲気で頬に汗を垂らし、立てた人差し指を口に当てたまま、静かに前方の闇をにらみつけて動かない。
僕にはなにも見えない。
「ナナオさん、何か……」
「黙って」
僕の声にかぶせるような鋭い声。
ナナオさんの緊張がうつり、思わず僕は肩を強張らせる。心臓の音だけ大きく響く中、身動きもせずにたっぷり100を数えたくらいのとき。
目の前の闇から、グラルゥ、という小さな音がして、何かがガサゴソと茂みの奥へ去っていく音がした。
それからさらに5分ほどがたって、音が戻ってこないのを確認したナナオさんは、フゥ、と息をはいて糸が切れたように地面にへたり込んだ。初めて見たナナオさんの疲れ切った姿は、異常の大きさを思わせた。
「なにがあったの? 野犬がでた?」
僕はなるべくナナオさんを落ち着かせるように尋ねる。
あの犬の鳴き声のような音。でも座り込んだ僕の頭より高いところから聞こえた。多分1メートル半くらいの高さ。犬は木に登らない。何かがおかしい。風がざわめく。
ナナオさんは荒い息を整えながら言う。
「いや、あれは野犬じゃない、なんていうか……口だけ女?」
次話【大きな口の、小さな口だけ女】
最初のコメントを投稿しよう!