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それは、何の変哲も無い傘だった。
薄いクリーム色のその傘は、セール品のラックの端にかかっていた。
忘れ物?
そう思い、ちょうど近くで服を畳んでいた店員さんを呼び止める。
「あの、これ…忘れ物ですかね?」
「ああ!」
店員さんは黙々と畳んでいた手を止めて、一瞬にして営業用のスマイルを浮かべながらこちらに近づいてきた。
「こちら、一応商品なんですよ〜」
少しだけ可笑しそうに店員さんが続ける。
「セール品なんですけど、この一色だけ残っちゃって。でも、これ、中のカラーが本当に綺麗なんですよ〜!」
そう言ってボタンを外し、開いているスペースに向かって傘を開いた。
「わ…」
つい、声が出てしまった。
店員さんが言うように、外から見るとクリーム色だった傘から一転して、パステルブルーの生地が広がったからだ。
「ね、綺麗ですよね!」
私の心の声を代弁するように店員さんが言った。
たしかに、綺麗な色だった。
外側と内側で色の違う傘は今時珍しく無いが、開いたところを見た瞬間、何だか無性に目が離せなくなってしまったのだ。
値札を見る。1080円。さすがセール品だ。
傘についているタグを見ると、晴雨兼用らしい。
家には使っている傘がある。でも、なぜだろう、今買わないといけない気がする。
「ありがとうございます〜、またお待ちしてます〜!」
という声を背に、秋服を買う予定だった私は、右手にショップのシールが付いた傘を持って店を出た。
来週は何を着よう、帰ったら通販でも見てみよう。
そう思いながら、地下鉄へと身体を滑り込ませた。
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