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菅野響子はその日、時間を持て余していた。数日間の休みに加え、最近流行している病気のため会社から外出を控えるよう言われ、唯一の趣味であるつぶやく形式で投稿できるSNSはメンテナンスのため一日閉鎖。家で虚空を見つめながら過ごす時間のなんたる無意味なことを噛みしめていた。
そんなとき目に留まったwebサイトがあった、それは小説を投稿できるサイト。もちろん小説なんか書いたこともなく、記憶力も悪く、国語の成績も赤点スレスレだった。そんな響子が突然、なにを思ったのか小説を書いてみようと思い始めたのだ。
響子が起こしたその場の勢いは人並みはずれていた。すぐにパソコンのメモ帳を開いてからおよそ6時間、飲まず食わずで自分の妄想に近い想像を文章にぶつけていった。そしてその日の内に長くなりそうな小説の一章を投稿することに成功した。
この先の内容はまだ決まっていないが、目の前に落ちてきた隕石を一人の女性が拾い上げる。そんなストーリーの出だし部分であった。
次の日になり響子はわくわくした気分で目を覚ます。普段なら一番にSNSを確認するところであるが、今日の響子が一番最初に確認したのは投稿した小説サイトだ。その小説サイトには閲覧者数の総計が表示されるようになっていて、何人の人が読んでくれたのかを確認したかったのだ。
結果は0人。当然といえば当然で、昨日書き始めたような素人小説が人の目に止まるはずもなかった。
ちょっとだけ落ち込んだ響子はSNSを開いて普段のルーチンへと戻る。気になっている新作映画、話題のコスメ、流行などをひとしきり調べた後、何の気無しに自分の小説について調べてみた。
なにも検索に引っかからないと思っていたが、一件だけ気になるつぶやきを見つけた。
『道を歩いていたら隕石が目の前に落ちてきた、意外と軽い。』
投稿時間が数秒前と表示されたこのつぶやき、これは響子が昨日投稿した小説の内容にとても似ていた。しかし似ているというだけだ、そもそも響子が書いた小説の閲覧者は0人だしこの人が単に注目を集めたいだけで嘘のつぶやきをしているだけかもしれない。
響子は考えることをすぐにやめた。こういうつぶやきにかまっていては時間の無駄だということを知っていたからだ。
気持ちを切り替えて昨日書いた小説の続きを書き始める。今日はそこまで集中できなかったが、何とか二章といえる区切り部分までを書くことができた。
拾った隕石を売って欲しいと、カッコいい御曹司が現れる。そんなチープな内容だ。
夜、布団に入って小説の続きを考えながら眠る。恋愛ものにしようか、なんて考えながら。響子はまるで夢を見る前に夢を見ているような、そんな感覚の中で眠る時間をとても楽しんでいた。
翌日も変わらず、まずは閲覧者の確認。今日も0人。寂しく思いながらもSNSを楽しむ。そして昨日の人物、あの隕石話をしていた人物のつぶやきを見つける。
『隕石を売って欲しいと素敵な男性が複数来て、こまっちゃう。』
投稿時間を確認するとやはり数秒前。改めて自分の書いた小説の閲覧者を確認してみても人数は変わらず0人だった。
どういうことだろう、響子は不思議に思う。閲覧数を増やさずに小説を読む方法があるのか、もしくは本当にこんなことが起こっているのだろうか。考えてみたが結論を
出せるわけもなく、結局サイトのミスで閲覧数が増えていないだけだろうと無理矢理自分を納得させた。
その後、小説の続きを書き始めるがどうも面白くない。小説の内容が、というわけではなくサイトでつぶやいている人物に対して、だ。
いっそのことと思い、本来書こうと思っていた御曹司との恋愛からは大きくズレた内容を書くことにした。もっとぶっ飛んでいて、それでいて非現実的な。
響子の人生で一番集中して、そして勢いよく書き上げた内容は突拍子もなく。実は御曹司は悪い宇宙人で隕石を渡してしまった主人公はその責任から宇宙刑事となり、隕石を取り返すべく働き始める、といった内容だ。
もちろんこの先はなにも考えられていない。明日の自分がなんとかするさといい聞かせ、投稿をして眠りについた。
当然というべきか、やはりというべきか。響子の想像していたとおり小説の閲覧者は0名。そしてNSNにはもちろん数秒前に書き込まれたつぶやきがあった。
『どうやら隕石を悪い相手に渡してしまったみたい、取り返すためいざ宇宙へ!』
もはやこうなると相手が私の内容を真似ているのは確定だ。正確に読んでくれている人数は分からず、しかもこんな風に書かれるとバカにされているようにも感じる。
このように遊ばれるのにも嫌気がさしてきた響子は小説を書くことを止める決意をした。休みも今日で終わり、どうせ続きもあまり思い浮かんでこないし飽き初めてもいた。止めるには絶好のタイミングだ。
しかし投稿サイトをいくらみても投稿削除のページが見つからない。このまま半端にさせておくのもイヤなので、響子は最後にこのような投稿をした。
『今後、主人公はどうなっていくのか。今、波乱に満ちた人生の幕が開くのだ!』
我ながら打ち切り感の強い内容に少々の気恥ずかしさを覚えたが、これを投稿し終えたとき響子の中には満足感と達成感が溢れていた。
次の日。SNSで例の人物はつぶやかず、小説の閲覧数も0名。こうして響子の短い小説家人生は終わり、そしてSNSを眺めながら仕事場を往復する日常へと戻っていった。
それから数年。響子は小説を書いていたことをすっかりと忘れ、変わらぬ生活を続けていた。
ちょうど仕事の帰り道だった。ちょうど人通りの少なくなったわき道を歩いていたとき突然、目の前に何かが落ちてきた。
おっかなびっくりで響子は落ちてきたものを確認する。どうやらそれはいくつもの穴があいた、五百円硬貨ほどの大きさの隕石であった。
響子は思わず隕石を手に取る。ほのかに熱を帯びたままの隕石に興奮しながら、この興奮を誰かに伝えたいと思い携帯を手に取りそしてNSNにつぶやいた。
『道を歩いていたら隕石が目の前に落ちてきた、意外と軽い。』
そして響子は満足げに隕石を鞄にしまい、家へと帰宅するのだった。
もちろん、彼女の今後が波乱に満ちた人生となることはいうまでもないだろう。
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