かすみは、おふろに入りたいと思う 1

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かすみは、おふろに入りたいと思う 1

森も、秋の気配がだいぶ濃くなっている。 少し前から日が落ちるのも早くなり、ミンミンカナカナと騒ぎたてていたセミたちも、そのおおよそが姿を隠していた。 森には電灯もないぶん、夜はただ暗くなるばかりで、雲の機嫌がよいときは月光がふり注ぐも、熱がともなっていないため、毛の短い動物には肌寒く感じられるようになった、そんな日も、徐々にではあるが多くなっていた。 とはいえ、残暑は完全に落ち着いたわけではなく、夏ほどではないものの昼間の気温が相変わらず高い日もあった。 地上や地中の微生物も活発に動きそうな温度が保たれていて、のどの乾いた動物たちが水辺へといそいで水分補給をしに向かう、そのような光景も夏とおなじように見られていた。 簡単に言ってしまえば、まだまだ暑くて大変、といった感じで、秋に完全に移り変わるにはもう少しの期間が必要だった。夏はそう易々とは、主役の座をゆずったりはしないのだった。 そうした、夏と秋が椅子を争っている状況下の、ある日のことだった。 「……おふろ、入りたいなあ」 そう、かすみがひとり言を漏らし、その言葉にリスとシカは目を見合わせ、同時に首をひねった。 「……あの、かすみ、……おふろって、なに?」 しばらく沈黙が続いた後、リスがかすみを見て言った。そのとなりで、シカはまだ首をかしげ続けていた。 「……え? えーっと……」 かすみは自分のつぶやきに気づいていなかったのか、リスの問いかけにはじめは不思議そうな顔をしていたが、ああ、とようやく得心がいった後に、おふろについて説明した。 「あの、おふろはね、あたたかくて、のんびりできて、からだがきれいになるものだよ。入ると、心がホッとしたりもするよ。それから、えーっと、……うん、とにかく、いいものなんだよ」 その答えに、へえ、とシカはもっともらしく頷いた。しかし理解はできていない様子で、『おぷろ』はいいものなんだねえ、と首を上下しながら何度かつぶやいていた。 「うーん、」とリスは腕を組み、うなった。理解できていないのはリスも一緒で、疑問を解消するべく、かすみの目を見ながらたずねた。 「あの、その、おふろ、っていうの? ぼくは見たことがないから想像もできないけど、それは、森にもあるものなの?」 「えっと、わたしには、わかんない」とかすみは返す。 「でも、たとえば温泉は外にあるものだと思うから、もしかしたら、森にもあるのかも。あるかどうかは、わかんないけど」 「……うーん、」
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