冬から春へ

1/2
前へ
/12ページ
次へ

冬から春へ

 2020年1月。中国・武漢で病気が流行り、死者が多くでているらしいと報道されていても、それが自分の生活に関わるなんて想像もしなかった。横浜港のクルーズ船が連日テレビに映っていても、新型コロナウィルスという言葉を聞かない日がなくても、それはテレビの中のことだとどこかで思っていた。  その頃のオレの関心事は、冬の間にいかに体重を増やすかと、お年玉で買った新しいグローブのこと。  のんきなもので、オレもチームのやつらも、暖かくなればウィルスは落ち着くだろうという説をなんとなく信じていた。  2月の終わり。突然、臨時休校になると知らされる。慌ただしく各教科から課題のプリントが配られ、学年末テストがなくなると言われてヒャッホゥと喜んだけれど、それも野球部のミーティングまでだった。  短いミーティングで告げられたのは、生徒は決められた登校日以外の登校はできず、部活も一切禁止とのこと。 「部活、全然出来ないんすか?」 「完全に」 「グラウンドも?」 「自主練も駄目だってさ。学校の敷地内に入れない。登校日も含め内外部活動禁止」  思ってもない厳しさだった。  追い討ちをかけるように、春季大会の中止が伝えられた。  野球部は、冬の間の対外試合が禁止されていて、冬は厳しいトレーニング期間となる。負荷をかけまくりの練習で、身も心も疲れでパンパンになりながら、春の試合解禁の日と、その後にある春季大会を目指してやってきたのに。残っている大会は、夏の選手権大会だけになってしまった。  その日は短時間のミーティングだけで解散となり、3週間放置してはまずい荷物を部室に取りに行く。 「練習、どこでやるかなぁ」  使用済みのタオルや、片方しかない靴下をリュックにしまいながら小さくこぼしたオレを、同じ投手の武田が雑誌でつついてきた。 「俺んちこいよ。畑あるぞ」  武田とはライバルだ。だけど、野球への姿勢が1番近い。競い合って、助け合って、2年間やってきた。 「おまえんち遠いんだもんなぁ」 「1回くらい来いよな。自主トレさぼるなよー」 「おまえもな」  そう言って、じゃあなと別れた。3週間だけの我慢だと思っていた。春休みには、また部活が再開され、グラウンドで野球ができるんだと、当たり前に思っていた。  
/12ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加