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「どうしたの、ナイト。お腹が空いたの?」
「違うよ。メイを励ましているんだ。あんなもやし男のために目元を腫らさなくていいんだ。まあ、目元が腫れていたって、メイの可憐さが損なわれるわけじゃないが」
「もしかして、慰めてくれているの?」
「だからそう言っている」
憮然とする僕の頭をメイが撫でる。僕はメイに撫でられるこの時が世界で一番好きだ。初めて出会った時も、こうして頭を撫でてくれたよね。
僕の以前の住処は、庭付きの大きな一戸建てだった。そこで小さな女の子と、その両親と暮らしていた。僕が物心ついた時から非常に仲のよい家族だったけれど、父親の酒量が増えるのと比例して、夫婦仲は深刻なものになった。父親が経営する会社の雲行きがどうにもあやしいらしい。それで、一家は庭付きの一戸建てを手放し、隣県の小さな安アパートに引っ越す手筈となった。住処が変わることに母親はキィキィ文句を言っていたけれど、一番文句を言いたかったのは僕だ。安アパートはペット禁止だったのである。
悲しいことに、僕との別れを惜しんでくれたのは女の子だけだった。名前はカリンちゃん。ふくふくしたほっぺたがかわいらしい、五歳の女の子。僕を連れて行けないのならカリンも行かない! と散々駄々をこねてくれたけれど、最後は両親に無理矢理手を引かれて車に乗せられてしまった。僕は独り野に放たれたショックより、別れ際、カリンちゃんが発した断末魔のような絶叫に身が竦んで、しばらくは身動きがとれなかった。
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