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いろんな意地悪
私は半泣きの状態でベンチに座っていた。
左足の足首が痛い。
痛いから、それだけの理由で泣きそうになっているのではない。
私が受けた理不尽な言動や行為、それに何も言い返せなかった自分が悔しかったからだ。
痛みがおさまったら今日はもう帰ろう。
「あらら、情けない顔しちゃって」
みつきさんが目の前にいた。
美しい顔を少しくもらせてはいるが立ってるだけで様になるのは変わらなかった。
やはり体で表現をする事を生業としているからだろうか。
薄目のメイクだか女性の私よりもずっと綺麗。
見ただけで幸せな気持ちにさせるって、この人どんだけすごいんだ。
会えた嬉しさで自然と顔が緩む
ああ、私って馬鹿だ。
「足首、やっちゃったわよねぇ、まだ痛む?」
みつきさんは私の前に来てかがむと私の足首に触れた。
「っつ…」
「ヘラヘラしてても痛いのは痛いわよね、いらっしゃい、足冷やしてあげるわ」
彼は立ち上がって私のかばんを持つと空いた方の手を差し出した。
「ほら、つかまって」
手を引っ張られて彼に身体を寄せた。
レッスンの後だからか体から熱い。
この人は作られたように綺麗だけど生命力が溢れてる。生身の人間なんだなあ、と歩く度に足がズキズキする中で思っていた。
建物の中に入るとさっき私を突き飛ばした女と一緒にいた人達がまだ残っていた。
一人がこちらに気づくと側にいる人に話しているのが見える。
数人のきつい眼差しに耐えきれず下を向いたまま歩いた。
私は悪いことなんてしていない。
確かに出待ちなんてしちゃってるけど、後をつけたり、しつこくつきまとったりしてるわけではないのに。
少し前、リハーサルが終わったのかロビーには人が溢れていて、それぞれが何人かで集まって談笑していた。
みつきさんはホールの入口辺りにいたから私のいる所からすごく離れていた。
盛り上がっている所に声をかけるのは邪魔な気がして遠くからその姿を見ていた。
運が良ければ、後で少しでも話せたらいい。
そう思っていた。
その内に彼がこちらを見た気がしたけど、視線をすっとそらされた。
気が付かれなかったんだ。
もしくは故意に無視したか。
その時、思っていたより
期待していた自分が恥ずかしくなった。
私は彼の周りにいる人達と同じ立場じゃない。
ただの1ファンに過ぎないんだって。
そんな思いをしていた直後にあんな事が起こった。
もうこうやって見に来る事すら駄目なのか。
そんな暗澹たる気持ちでいたのだ。
控室のような所に連れていかれてパイプ椅子をつなげた所に座らされた。
「恥ずかしがらないで」
ゆっくりと靴を脱がされ、挫いた方の足をつなげた椅子にそっとのせるとどこからか持ってきたアイスパックを捻挫した足首にあてた。
その後自分も側にあったパイプ椅子を引き寄せて座った。
しばらくアイスパックを足首にしばらくあてながらみつきさんは私の足をいたわるようになでる。
「突き飛ばされてたわね」
「見てたんですか」
「まあね、助けに行くには遠すぎて間に合わなかったけど…何があったの?」
「近づくな、私があなたに迷惑をかけてるって」
本当はもっとひどい事を言われた。
でも口にしたくはなかった。
その時の事を思い出したらつい涙ぐんでしまう。
みつきさんはふうっとため息をついた。
「こんな事になっても、彼女は仲間だから、悪くなんて私は思えないのよね」
私は思わず顔をあげた。
「まあ、確かに怪我はさせちゃ駄目だけど、彼女は私の事を思ってしてくれた訳だから
面倒なところもいっぱいあるけど良い子なのよ」
みつきさんは遠くを見るように入口を見やると言った。
「彼女とは小さい頃からずっと一緒にやってきたの
私にとっても彼女にとってもバレエが人生のすべてなの
だから私の為にとしてくれた行為を一方的には責める事なんて出来ないわ。
彼女を悪く思わないでね…なんて言っても無理よね」
みつきさんはため息をついた。
彼はテーブルの上にあったリュックからポーチを取り出した。
前とは違う少しくだびれたブルーの布地。
そこからテープを取り出す。
「ちょっと失礼」
そういいながら私の足首を持ち上げると自分の太ももの上にのせ、先程のテープで足首を巻き始めた。
その時、遠くから走って来る音がして、ダンっとドアが開いた。
先程の彼女、私を突き飛ばした女性が現れた。
「なんでまだいるのよ」
私を睨んだ、美しい顔をゆがませて。
「私が連れてきたに決まってるでしょう、みやび、あんた自分が何したかわかってるの?」
辛辣な口調でみつきさんは言った。
「みつきどいて、私がテーピングやる、私の責任だから」
「あのさあ、私が今、あんたに任せられると思ってるの?あんたはこの子に怪我を負わせたのよ」
「自分でグネったんじゃない、この子が鈍臭いからよ」
「いい加減にしなさい、この子、今日は良い子にしてたわよね」
「でも、わかんないじゃない、いつそうなるか」
「みやび、今、あなたは加害者よ。被害者はこの子、何もしてない子にこういう事しないで。
私陰でこういう事する人間と信頼関係は結べない。
私の言ってる意味わかるわよね」
一瞬、みやびさんがひるんだような気がした。
「…それって組めないっとこと?」
「あんたは一般人に自分が何したかゆっくり考えなさい」
みやびさんは黙った。
「この子がおイタしたら、正当防衛として、私が自分でこの子を蹴っとばすからみやびは何もしないで、いいわね」
「…わかったわよ」
「送ってあげたいけど、これから打ち合わせがあるの、気をつけて帰ってね」
みやびさんが出ていって、テーピングを済ませた後、みつきさんはロビーまで送ってくれた。
「はい、ありがとうございました」
「可愛子ちゃん、あなたってなんていう名前だったかしら」
そういえば、彼は私の名前すら知らなかった。
「ゆうきです」
「女子中学生みたいな顔で男の子のような名前なのね」
彼はゆっくりと私を抱きしめた。
最初に出逢った時のように。
複雑な気持ちだった。
こんなに近くにいるのにこの人は私の事を何も知らない。
そして、こうやって触れられていても彼の関心の中に私はないのだ。
みやびさんと違って。
私を守るふりをしてみやびさんに彼が言った事は、実は私ではなくみやびさんを守ってる事だと私は会話の途中から気づいていた。
私と二人で話していた時から彼はみやびさんをかばってもいた。
仲間意識なのか愛情なのか、それはわからない。
少なくとも今の私には与えられていないものだ。
みつきさんはずるい
自分勝手な考えが浮かんでしまう。
私には何もくれない。
私だってあなたの為に何でもしてあげたいのに。
「なんか複雑な顔ね、ゆうきちゃん」
体を離すと顔をぐっと近づけて私の顔を覗きこんだ。
私は顔が上げられなかった。
こんな気持ちで彼の顔を見る事なんて出来ない。
どうあがいたって人の気持ちなんて操作出来るものではない。
私が何をどうしたって彼は私に振り向いてはくれないんだ。
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