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私の恋と人生のはじまり
「ほら、ここにチークをいれると健康的になるでしょ」
そういって自前のパレットから筆を離すとくるくると私の頬をなぞった。
「後はねぇ、眉毛のとこ触るから目をつぶって」
今度は化粧ポーチから、といっても黒の四角くて硬質で飾り気のないジッパーのついたそれかダークブラウンのアイブロウペンシルを取り出した。
「私よりちょっと濃い目が髪色に合うわよね」
目を閉じる前に見たのはクリーム色のシミ一つない肌とカラコンの入った深緑の眼とぷっくりて肉感のあるパステルオレンジの唇。
そしてブラシに目を移した時に下に揺れたベージュ色に染められた髪だった。
目をつむるとやさしいタッチで
ペンシルが綺麗な流線を描く。
「出来上がり、目を開けて」
目を開けると真剣な顔で私を見る眼差しとぶつかる。
途端に奥二重の涼し気な目に心を持っていかれてしまった。
「リップはどういうのが似合うのかしら」
人差し指が私の下唇に触れる。
「あ」
ぎこちない声がもれてしまう。
「綺麗な声、余計な色なんかつけたくない位」
優しい声、猫なで声みたいな、ただ隣に座っていただけのこの人に私はメイクをしてもらっていた。
年は20代後半だろうか。
細身でしなやかな手の動き。
存在感はあるけど目立ち過ぎないブランドのピアス
「それじゃまたね」
彼はポーチに化粧道具をしまうと立ち上がった。
私も思わず席をたつ。
「ありがとうございます」
こんなに綺麗なのに威圧感かあった。
身長のせいだろうか、彼のそばに立つと大きな壁が目の前にあるみたいで向こう側が見えない。
彼の体が近過ぎてまともに立っていられなくなってふらふらする。
目の前に、胸元が深く開いた手触りの良さそうな白いシャツが見えた。
思わずシャツを両手で掴んだ。
「駄目、つかまないでシワになるから」
そういって私の両頬を両手ではさんで優しく持ち上げるとゆっくりと私の唇にキスをした。
そしてゆっくりと体を離すと私の唇についた口紅を指で綺麗に伸ばした。
「可愛いわ」
ゆるく私を抱きしめると「じゃあね」と彼は去っていった。
綺麗な足取りで、すごくしなやかに。
この時、私が彼の印象はは化粧が上手で女性のような話し方をした打ち解けやすい、でも手も早い男性、という事だけだった。
ただただ美しい、よく考えたら彼が普通の人なんてありえないのだった。
天からこぼれ落ちた恵み
出会えたのは奇跡だ
後に彼はわりと有名なバレエダンサーだと知った。見た目とちがって、美意識に厳しくて、自分勝手で、女性に辛辣な言葉を浴びせるので有名で、そして一般的にはゲイだと言う噂があることがわかった。
なのに、私はあれから彼との事が忘れられず彼の姿を見つけては追いかけている。
「あら可愛子ちゃん、また来たのね、この私の横に並ぼうなんて百年早いわよ、あら何その髪型、その服にその髪型は似合わないわよ、いらっしゃい、結んであげるから」
こんなナルシストに恋をするなんて思わなかった。
私は自分の平凡な人生が彼を軸にして色んな展開を見せる事になるとは思わなかった。
「私人に依存されるのとか無理なの、煩わしいのは苦手」
そう思われながらも可愛がられていた私は気がつくと大学を卒業し、彼の側にいたいという情熱から美大も出てないのに、必死に勉強して、芸術関係の企業に就職してしまった。
彼は私に会うとまた笑っていうのだ。
「あら可愛子ちゃん、今日も私を追いかけに来たの」
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