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科学的なレベルは高くはないが豊かで長閑な村。スピネルがラズリと出会った翌朝、安ホテルの窓の外を眺めながら彼はそう評価した。ラズリが大金を手にしたのは危険かと思ったが、あの警官がいる。きっと彼はラズリのことを陰から見守っているのだろう。
ラズリだけどうして貧乏なのか、なぜ商売を邪魔されるのか、警官が直接的に手助けしないかはスピネルにはわからない。ただ、あの売れ行きならばすぐに大金持ちというわけで、しかし、落ちている石は誰のものでもない。商売は真似されてからが勝負だ。きのうよりも輝くように見える朝日に向かってラズリの幸運を願う。
ホテルの食堂で出された固いパンを朝食として摂ると、すぐに外へ出た。ラズリのもとにいくためではなく、旅装を整えるためだ。必要なことは先に済ますのが彼の性分で、後回しにするとそわそわして何も手につかないのだった。まず食料や衣服の補充、そのほか日用品を買い揃えて、旅先で得た珍しいものは売る。そうしてすべてが終わったあとに、自分のやりたいこと――ラズリの店を訪ねる。
始めて三日目の《石屋》の前に客は見えなかった。
「あ、スピネル。遅かったね」
「どうも。あれ? きょうも繁盛していると思ったのですが」
「えっと、……その……まだ一個も」琥珀色の眉が歪んだ。
「一個も?」
商品の石たちに目を落として、首を傾げた。色や形は多少違えど、どれも道端で蹴っ飛ばされていそうな石。
「記憶石や、綺麗な石たちはどうしたのです?」
「その…………」言葉が続かない。
「ああ、採れなかったのですね」
「違う。いっぱいある」
「……じゃあどうして売らないのです?」
ラズリはまたも黙ってしまう。
正解が出るまではこの調子のようだ。しかし他人が考えていることを的確に当てられる人間はそうそういない。
方向転換をする。
「えっと……、そうだ、これらの石はいくらで売っているのですか?」
「全部一緒だよ」
「一緒とは?」
「きのう言っていた二千サイト」
「…………二千?」
「うん。おかしいかな?」
おかしいもなにも、こんな石、タダ同然です、と常識外れのラズリに諭そうとそう思ったとき、いやそうじゃないな、と口をつぐんだ。
ラズリはただ純粋にそこら辺に転がっている石と、あの記憶石が一緒だと思っているのだ。もし宝石の源となる華麗で花が咲くような石がここにあったとしても同様だろう。絶対的な価値なんて妄想の産物だ。あるのは相対的なそれだけ。
天然の平等主義、とでも言えばいいのだろうか。
ラズリにとってすべての石は五分五分で同列なのだ。
そんな価値観ありえるだろうか。
しかしあり得たのだから仕方がない。
出来ることはラズリの世界を、人工的な光で捻じ曲げないことだ。カンバスに自由な極彩色を描く子供を、私の見える通りに染めなさいと諫める大人がいないように。
…………いや、結局これも違う。そんなのは益体のないくだらない詭弁だ。つまるところ意味のない空論なのだ。
皮肉っぽい笑いが零れ落ちる。
「押し付けたくないのは、ぼくのエゴ……ってことですね」
「……?」不思議そうにスピネルを見る。
「断食を考えた人はもともと飽食だったから、という話ですよ。さて、ラズリはこれからの時間、空いていますか?」
「うん。売れ残っているけど、明日でもいい」
「ではラズリが石を採っている場所に行きましょう」
「え、なんで? ……あ、どんな石が採れるのか気になるんだ」
「それもあります」
「それも?」
「石のことを教えてあげようと思いまして。ラズリがどうして記憶石や綺麗な石を採ってこなかったのかはわかりませんが、……わざわざラズリが損をすることもないですからね」
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