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祖父が亡くなった。
足腰は弱っていたが、持病があったわけではない。
入所していた施設の人が言うには、お昼過ぎまではいつも通り元気だったそうだ。
自分で車椅子に乗って食堂に行き、お昼ご飯もしっかり食べたらしい。
だが夕方、急に意識がなくなり、そのまま静かに亡くなった。
九十二歳だった。
次の日の朝、私は電車に乗っていた。
実家がある街までは三時間かかる。
電車に揺られながら祖父のことを考えていた。
最後に会ったのは二年ほど前だろうか。
訃報を聞いてから半日経つが、まだ涙が出ない。
祖母が亡くなった時は涙が止まらなかったのに。
なぜだろう。
私はかばんからシャープペンシルとメモ帳を取り出し、祖父について思い出せることを書き出してみた。
声が大きい人だった。
夏は裸で畑仕事をしていた。
時代劇が好きだった。
演歌が好きだった。
よく食べた。
よく飲んだ。
よく笑った。
耳が遠かった。
子供が騒ぐのが嫌いだった。
酔うと一人でしゃべり続けた。
気に入らないことがあるとげんこつをとばした。
以上。
あまりの少なさに驚いた。
元々疎遠だったわけではない。
祖父も祖母も、私が生まれてから高校を卒業して実家を出るまでの十八年間、一つ屋根の下で暮らしていた。
祖父は耳が遠かったので、こちらの言葉は祖父にはなかなか伝わらなかった。
また、祖父が機嫌よく話しかけてくる時は大抵酒を飲んで酔っ払っている時であり、早口でまくしたててくるので、こちらが祖父の言葉を聞き取ることも難しかった。
「ご飯を食べる時には正座をしなさい」
「夏休みのラジオ体操には必ず行きなさい」
「静かにしなさい」
記憶にある祖父の言葉は、小言や説教ばかりである。
私はそのことに疲れ、次第に祖父と話をしなくなっていった。
いったい祖父はどう思っていたのだろう。
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