その四 香先輩は肉食系?

1/1
1人が本棚に入れています
本棚に追加
/18ページ

その四 香先輩は肉食系?

 香先輩が私を連れてきたのは、ひと気のない三階の空き教室でした。  そして、私を教室の中に入れ、空いている椅子に腰を掛けて言いました。 「座って。お話でもしましょう。長話にはならないと思うから」 「あ、はい」 「バナナとイチゴ。どっちがいい?」  突然の質問に戸惑いましたが、とりあえず答えました。 「え?あ、イチゴ」  すると先輩は自分のカバンからイチゴオーレを出して、私にくれました。  一階の自販機で売っている物です。 「どうぞ」 「え、いいんですか」 「うん、付き合ってくれたお礼」 「とんでもないです。お礼を言わなきゃいけないのは私の方です」 「私へのお礼ならまだ早いわよ」 「早い?」 「まあ、いいわ。とにかく座って。お話しましょ」  香先輩はそう言って、バナナオーレを出して、飲み始めました。  誰もいない薄暗い教室で、香先輩と二人きり。  遠くから吹奏楽部の演奏の音が聞こえて来ました。  バナナオーレを一気に飲み干して、香先輩は聞いて来ました。 「彼、バスケ部辞めたんだってね」 「はい。知ってるんですね」 「だって、中学の時から上手いって有名だったんでしょ」 「そうらしいです」 「どうして辞めたの?」 「私と付き合う為って言ってました」 「あら、本当に。雫ちゃんがそう言ったの?」 「いえ、私は何も。むしろバスケをやっている彼の方がかっこいいって思ってたくらいです」 「そうよね。どうして辞めちゃったのかしら」 「時間が惜しいからって言ってました」 「時間?あなたと付き合う時間の事?」 「はい」 「まあ。でも、それって重いわね」 「はい。……うざいです」 「ハハッ、確かに。うざいわね」  私も残っているイチゴオーレを飲み干しました。  香先輩はそんな私を見て、話しました。 「でも、それ怖いね」  私は頷きました。  香先輩は続けました。 「だって、いままでバスケに注ぎ込んでいたエネルギーが、全部あなたに向けられるんだからね。このままだと、雫ちゃんがどんどん振り回わされて、取り返しのつかない事になってしまいそうな気がするの」 「はい。私もそう思います」 「だから、体を求められて断ったのは正解よ」  香先輩は理解してくれました。それが嬉しくて涙が出そうになりました。  香先輩は続けました。 「でも、問題はこれからよね」 「はい」 「雫ちゃんはどう思ってるの?」 「どおって?」 「彼とは付き合っていけそうなの?」  私は首を振りました。 「無理」 「で、その事は言ったの?」  私はもう一度首を振りました。 「言ってません……怖くて」 「そうなんだ。彼に手を挙げられた事はあるの?」 「それもありません。でも、けっこう後輩に厳しく当たってたらしいので」 「そうか。じゃ、断る理由があればいいわね」 「理由?」 「うん。例えば、他に好きな人が出来たとか」 「それは、たぶん彼、逆情してしまうかもしれません」 「じゃあ、それが女の子だったらどお」 「え?女の子」 「そう。女の先輩に告白されたとか」 「そ、そんなのまともに聞いてくれませんよ」 「あら、私は至ってまともなんだけど」 「はい?」  私は思わずひょんな声を出しました。  香先輩は私に椅子を引き寄せて来ました。 「冗談じゃなくて本気だって事を彼に見せれば、彼だって引き下がるんじゃないの」  先輩は息が掛かりそうな位顔を近づけてきました。 「か、香先輩。近いんですけど」 「そう、私はまだ遠いんだけど」 「何をする気ですか」 「キスよ。ダメ?」  バナナオーレの匂いが段々濃くなり、身を引こうと思いましたが、真っ直ぐ見つめる香先輩の目がそれを阻みました。
/18ページ

最初のコメントを投稿しよう!