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八月下旬。楽しかった夏休みが終わり、学校がまた始まるという水曜日の朝方のことだった。
妻に起こされた私は、洗面器を持ってきて、と頼まれた。
半分開かない目で起き上がると、娘が「気持ち悪い……」とげんなりしている。
熱は38.4℃。
学校を休まないのが自慢だった娘の姿はそこにはなく、私は休みを取って午前中に病院へ連れて行った。
発熱に吐き気と下痢。診断は胃腸炎だった。
食欲がなく、解熱剤を飲んでもなかなか熱が下がらない。
二日後の金曜日には40℃まで熱が上がり、座薬を入れた。
食欲がないため、翌日の土曜日には、人生初の点滴を受けることになった。
その夜、私は仕事の疲れもあり、夕食を軽く済ませて早めに寝室へ向かった。
布団に寝ている娘の隣にあるゼリー飲料も水筒も、ほとんど減っていなかった。
「ちょっとでもいいから飲んだら?」
「うん……」
返事にもまだ元気がない。娘の手はそのどちらにも伸びなかった。
私はメガネを窓のそばに置き、いつもの場所である娘の右隣に横になった。
何も口にしない娘のことが心配だが、点滴を受けたことで少し安心はしていた。
すぐにのび太のように眠れそうだった。
娘がタオルケットを少し直し、ぴたっとくっついてくる。
前日までの熱さはない。
おでこにそっと触れてみる。37℃台まで下がったかもしれない。
目を閉じれば一瞬で眠れそうだ。
娘が私の左腕を引っ張り、腕枕の準備をする。
まぶたが重くなった私に向かって、頭の位置を決めた娘がささやいた。
「パパの髪型、気に入ってきたよ」
具合が悪いはずなのに、久し振りに髪型の話題とは。
すっかり油断していた。
まぶたが重くなるどころか、一気に目が覚める。
部屋が真っ暗でよかった。
上を向いていた私は、娘の反対側に顔を動かす。
その動きは、きっとロボットのようにぎこちなかったはずだ。
そうして、濡れていくのだった。私の枕は、じんわりとあたたかく。
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