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髪を切ることを家族には事前に伝えていた。
娘も,十歳の息子も,髪の長いパパしか知らない。
妻もそうだった。
あまり変化を好まない妻は,初めは反対だった。
「ほんとに切るの? 別人としか思えないかも……」
直接見る前に心の準備が必要だからと言われて,私はカット直後の写真を美容室から妻のスマホへ送った。
「惚れちゃうよ」というメッセージに対して妻は,「後ろ姿も送って」と返し,やがて「合格」という二文字が送られてきた。
息子のほうは、父親の髪型などには無関心で,「いいんじゃない」と当たり障りのない返答。
娘は泣き止んだものの,また思い出したように,
「長いほうがよかった……」
とつぶやいた。
一緒にお風呂に入っても,私の髪からは今までのような大量の泡は生まれない。
今まではその泡を洗面器に溜めて,娘はポポちゃんとかメルちゃんのお風呂を作って遊んでいたのだ。
「はぁ……長いほうがよかったのに」
お風呂から上がってみんなで夕御飯を食べる。
いつものような会話が始まるが,ちらちらと私を眺める娘。
その視線は首,顔,髪,そして顔へ。
「やっぱり違う……」
歯磨きを終えて,少しだけみんなでテレビを見て,夜の九時過ぎに布団へ向かう。
我が家は,パパ,娘,ママ,息子の順に並んで寝る。
たいていは「パパ,腕枕して」となるのだが,今夜は違う。
真っ暗になった部屋で,おもむろに私の髪を触る娘。
「パパじゃない」「長いほうがよかった」といった言葉はないが,「腕枕――」と言わないあたりに娘の複雑な心境が感じ取れる。
友達と何をして遊んだか,面白かったテレビのこと,お風呂やお皿を洗ったお手伝いのことなど。子どもたちは,それぞれの今日を話しながら、やがて眠りに落ちていった。
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