それが私達の「どんでん返し」

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それが私達の「どんでん返し」

「……なあ。『どんでん返し』の『どんでん』って、どんな意味なんだろ?」  書類に向かっていた彼が、不意にそんな声を上げた。大きな独り言……ではないだろう。多分、私に尋ねているのだ。 「急に何よ? 辞書でも引いたら?」 「いや、辞書にはさ、言葉の意味と『歌舞伎の強盗(がんどう)返しに同じ』としか書かれてなくてさ。『どんでん』が何なのかはさっぱり分からないんだよ。……というか『強盗返し』ってなんだ? やけに物騒な名前だけど」  スマホをいじりながら彼がそう返す。  ……「辞書」と言い張っているが、どうせネットで適当に検索した結果を読んでいるだけだろう。どうせなら、そこから「強盗返し」についても検索してくれればいいものを。  きっと私に尋ねた方が手っ取り早いと思っているのだ。私はウィキペディアか。 「『強盗返し』というのは、歌舞伎の舞台装置の事よ。こう、背景が後ろに倒れて行って、代わりに床から次の場面の背景が起き上がってくるやつ、見たことない?」  心の中で悪態をつきつつも、律義に答えてしまう私も私だな、等と自嘲しながら頭の中の知識を引っ張り出す。  すると彼は気をよくしたのか、更に質問を重ねてきた。おなじみのパターンだ。
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