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「そんな張り切っても楽しいことなんかねぇよ。その娘に聞き込みしたところで、どうせ何も事実は変わらないしな。
ただ夫を疑いたいだけだろ」
そう真実を言っても、彼女は特になんの反応もしなかった。
あぁ、胃のあたりがむしゃくしゃする……
「疑ってるのは、あなたの方でしょー?
えーっと、うーん……、例えばね、ピザ屋に行って、ピザを注文したとするよ。
しばらく待ってやっと店員さんが来たから食べられる〜って嬉しくなったのに、店員さんの手にピザは無くって、ただ"ご注文なさったピザは無事に完成しました"って言われた感じなんだよ」
どんな感じだよ……、なんだそのやたら抽象的な例えは。
「は?全然意味わかんねぇよ。
だいたい何でピザなんだよ」
「そんなの今食べたい気分だったからに決まってるでしょっ!」
もう何がなんだかわかんねぇよ。馬鹿くせぇ……
何故だかわからない苛々が、すごい勢いで広がっていくのを感じた。はぁーっと大きな溜め息を吐けば、怯えたように彼女がビクッと肩を揺らす。
「なんでそうも、あんなヤツのために動こうとするんだ、訳わかんねぇなぁ……っ。何回も浮気してねぇっつってんだろうが。
更年期障害で、情緒不安定で人間不信になってるヤツなんかの相手したって時間の無駄でしかねぇんだよ」
そこまで言い切ったところで、やってしまったと思った。
彼女は何も言わずうつむいていた。
間違ったことを言ってないとはいえ、さすがに今のは言い過ぎたかもしれない。
それから何分が経過しただろうか。
気まずさと息苦しさを感じて、なにか、いや……、とりあえず怖がらせたことを謝ろうとした時、彼女がゆっくりと顔をあげて、何かを話そうとしたのか開けた唇を、躊躇ったかのように閉じ、そして、また開いて話出した。
「……前々から、ずっと、思ってたんだけど、
つかれちゃったんだね、あなたは、信じるってことに……」
ーー前々からって、会ったの昨日だろうが。
言おうとした言葉は、彼女を見た瞬間に消えていった。
左手を隠すかのように右手で覆い、俺とようやく目が合う位置まで顔をあげた彼女の瞳は、
悲しそうに、さみしそうに、ゆらゆらと揺れていた。
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