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「まぁ、どうせあと1時間は動けずそのままなんだろ。暇つぶしに付き合ってやるよ」
力が入らないのかだらりと座布団に座したままコンクリートの壁にもたれ掛かる彼女を見やり、自分の事情を話していく。
「へぇー、あなた、探偵なんかやってんの!?
探偵って人を幸せにする仕事でしょ?似合わないなぁ、医者とか警察の方がよっぽどそれらしいのに」
彼女は時折相槌を打ちながらも、とても面白いことのように楽しげに笑っている。似合わない……か、よく言われるし実感もしているところだ。ま、むいていないんだろ。
"幸せにする仕事"というワードがやけに気になった。
「医者はともかくとして、警察も探偵も似たようなもんだろ。
お前のその、幸せにするっていう感覚でいけば、殆どの職業がそれに当てはまるんじゃねぇか。」
「それもそうかもね、確かにそうだ。でもさ、探偵のほうが人が幸せになったを近くで感じることができる気がする。
すてきだね。」
そんなものなのか……?
俺は今まで探偵をしてきたなかで、人が幸せになっているところを見たことがあったのだろうか。ただただ、依頼されてきたことを事務的にこなしてきただけじゃなかったか。
「私ね、ここで沢山の人との関わりを繋いできて思ったんだけれど、みんなが涙なんか知らないほど幸せであればいいとは思うよ。
だけど誰もが幸せに、なんかなれるわけがないんだよね。
お伽話みたいに、みんなでめでたしめでたしっていうのは大人になってしまえば夢に消えてしまう。理解はしてるし、絶望もしてきた。
それでもさぁ……、
不幸な人が最後までずっと一度も幸せになれないままっていうのは嫌なんだよ。」
それは俺が最初に騙されていると伝えたやつの返答なのだろう。散々、人のことを怪しいだの言ってきた割に、律儀すぎるほど嘘のない答えに飄々とした彼女の本質が垣間見えた気がした。
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