臆病者の巣立ち

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「1週間後に来るんじゃなかったんですか、前原さん」  つい昨日会ったばかりの人の来訪に呆れながらも告げる。  昨日の今日で浮気調査に進展なんてあるわけねぇだろ。そもそもあれは解決してんのに。 「その予定だったんだけど、今朝上機嫌で家を出ていった旦那を見てたらいてもたってもいられなくなっちゃったのよ…… でも、やっぱり来てよかったわ。 最近、態度がつれないと思ったら女連れ込んで楽しくやっていたなんて!そこの見窄らしいあなた!どこの誰よ!!」  この態度は元々ですケド?  会話についていけなかったのか、唖然とした様子で会話を聴いていた彼女がいきなりビシッと指差されていて、俺は内心焦りまくったが、彼女は極めて冷静に優し気に微笑んだ。 「本日から探偵を始めました、霜月(しもつき) (ゆき)と言います。まだまだ助手という立場ですが、どうぞよろしくお願いします」  そこで初めて俺は彼女の名前を知ったーー 「あら、そうなの?新人だからって理由でふざけた仕事したら、そこの彼にクビにしてもらうからね」  そんな嫌味とも取れる言葉にも、その後に続けられた女の何の葉脈も根拠もないダラダラとした愚痴のような会話にも、 時折楽しげに笑い、時折相槌を打ちながらも、彼女は嫌な顔1つしなかった。 「あなたって、あの路地裏の魔法使いなんでしょ?」  だがこの言葉には驚きを隠せなかったのか表情を大きく変えて、恥ずかしそうに、照れ臭そうに笑う。 「ご存知だったんですね」  そりゃ、ここら辺では有名人だからねと続けられた言葉にとうとう耳を赤く染めた。 「でも魔法使いというよりは、まるで神さまとか仏さまのようだわ」  なんでか知らないけれど鬱陶しく感じていたこの女との会話が、彼女がいる、というだけで、やけに温かく優しく感じられた。
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