番外編

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まだまだ暑さの残る9月下旬。 「…あちー」 俺は本郷三丁目駅の改札前にいた。 今日は、俺ん家に初めて純がくる。 ソワソワと当たりを見渡す。 もうそろそろ待ち合わせ時間だが、まだ現れる様子はない。 「あれ、健志じゃん!」 「あ…晴人!久しぶりー」 こいつは 金町 晴人(かなまち はると)。 高校の時の同級生だ。 こいつも俺と同じ大学に進学した。学部は文学部。 「同じ大学なのに全然会わねーのな!健志は元気してた?」 「まあそこそこかな。晴人は?」 「俺もまあまあ、かな」 どこか迷いのある目をしている。 「ねね、健志はここでなにしてるの?確かお前この近くに一人暮らししてなかったか?」 「ん、ちょっとね」 「…ふふーん。なるほどなるほど。つまりこれ、ですかね?」 晴人はニマニマしながら手でハートマークを作る。 かあああっと、頬が熱くなる。 これじゃあそうですと言ってるようなものだ。 「ちょ、おま!」 「当たりかー!健志は昔からたいそうおモテになりましたものなあ」 「別にモテてねーよ…誰が好き好んで男子校でもてなきゃ行けねーんだよ!」 「ふむふむ、それにしてもイケメンブラコン野郎にもついに恋人かー…あ」 あ、っと口を抑える晴人。 こいつは知っている、北千住の高校生殺人事件のこと。 ていうか、ニュースでやってたから大抵の人は知っているが。 「…わるい。軽率だった」 「…別に、気にしてないよ」 ぽんっと、晴人の肩を叩く。 これは本心だ。 確かにまだ高志のいない生活に寂しさを感じているが、純が俺といてくれるからこう思えるんだ。 晴人はそんな俺に優しく微笑んでくれた。 「じゃまたな!たまには連絡しよろな〜!」 「おう!」 晴人はそのまま改札の中へと去った。 そんな晴人と入れ違いになるように純が改札から走って出てきた。 「お待たせ…遅れてごめんね、またミスしちゃって部長に怒られちゃった」 「…別に。おつかれ」 純はこのようにしょっちゅう上司にしかられている。この前なんて電話で必死に頭を下げながら「申し訳ございませんでした!!」って言ってたし…。 大丈夫なのか、いつかクビにならないか少し心配だ。 まあでもそうしたら 「健志?行こうぜ?」 俺が養うからさ 「…わり、行くわ」 だから、俺から離れないで? そのまま家についた。 家に入るなり、純は唖然として固まっていた。 「これが…大学生の一人暮らし…?」 「ん?」 「だって…だって…広すぎでしょ!」 なんだそういうことか。 「お家賃いくら?」 「それ普通聞くかよ」 「えー気になる!」 「…知らね。親が払ってる」 わお、と言った具合に驚く純。 部屋の奥に座らせコーヒーとお茶を出す。 純はコーヒーが好きだから。砂糖とミルクの配分ももう知ってる。 見かけによらず甘党だ。 「ありがと、いつもと逆だね」 「…まあな」 ちらっと横顔を覗く。 パチッと目が合った。 「シニヨン」 「…?」 「置いといてくれたんだね」 「…ああ、こないだの」 純は棚に置いていたシニヨンの髪飾りをとり、また俺に着けた。 その時。 あ…まずい。 純は、抗うつ剤の入っていた空のアルミを踏んだ。 「いてっ。なんだなんだ」 やだ、見ないで。 だが無常にもそのアルミは拾われてしまう。 やだ、やだやだやだ。 嫌われる いなくなる 愛してくれなくなる 1番じゃ、なくなる 『お前はいらない』 『この出来損ない』 『なんで生まれてきたの』 唐突に、両親の高志への言葉がフラッシュバックする。 やだやだやだ。 俺もいらなくなっちゃう。 「健志これ…」 「…わるい片付け忘れた。ただの頭痛薬だよ」 気が付かないでくれ。 いなくならないでくれ。 「大丈夫だよ」 「…?」 ぎゅっと、抱きしめられた。 子供をあやすように背中をさすられる。 「大丈夫、大丈夫」 「な、にが、だよ」 「俺がずっと一緒にいるから」 あー、お前ってほんとに 俺のことよくわかってるんだな。 「なあ純」 「ん?」 「俺は純が1番だよ」 「ん?突然どうした?俺も健志が1番だぞ?」 「ふっ…あっそ」 純の腕からぱっと離れる。 「えー冷たい!ツン9割の健志の稀に見るデレだったのに」 「うるせー」 ついでに頭に付けられたシニヨンも豪快に取ってやった。 ふふ、唖然としてやがる。ざまーみやがれ! なあ純。 これからもずっとずっと、お前の1番でいさせてくれよな。 いつだったかな。まだ高志と同じ制服着ていたからきっと小学校の頃か、幼稚園の頃。 1度だけ俺は両親に反抗したことがあった。こんなことやめてくれって。高志と父さんの間に割り込むように立ってそう言ったことがあった。 でも ドンッ 『お前もこうなりたいか?』 右の頬がジリジリ痛い。父さんに殴られた。 父さんが誰かを殴るところは見たことがなかったから驚いた。 その後母さんに手当をされた時こう言われたんだ。 『転んだっていいなさい。そうじゃないと』 あなたもいらない子になってしまうわよ? ‧✧̣̥̇‧✦‧✧̣̥̇‧✦‧✧̣̥̇‧✦‧✧̣̥̇‧✦‧✧̣̥̇‧✦‧✧̣̥̇‧✦‧✧̣̥̇‧✦‧✧̣̥̇‧✦ たかしくんには双子のお兄さんがいます。 お兄さんはとても頭が良いです。めったにミスはしません。 でもなぜあの時、お薬の袋を捨てていなかったのでしょう?
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