また来て

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あれは良く晴れた日の事だった。 昨日高校の卒業式を終えたばかりの俺は、4月から始まる大学生活に心踊らせていた。しかも一人暮らしときた。楽しみじゃないはずがない。 大学は都内の本郷三丁目駅の近くにあり、ここ北千住からも十分通えるが…。俺は何せ医学部に進学する。医学部は何かと忙しいから大学のすぐ近くに一人暮らしする方がいいだろうということで決まったのだ。まあ高志(たかし)を置いて一人で行くのは少し心配だが。 高志とは俺の双子の弟。一卵性なので見た目はほぼ同じ。ほぼ同じなはずだが高志は男の俺から見てもすごい可愛いんだ。俺は自分のことは可愛いとは思えないが高志は可愛いと思える。俺の事を兄さんって呼ぶんだ。青くて丸い目で頑張って俺を見てそう呼ぶんだ。 高志は誰にでも敬語で話す。学校の人にも、両親にも、そして、俺にも。 高志は俺より成績が良くないと言うだけで両親からネグレクトを受けていた。外食や旅行はいつも高志だけ留守番。家族の中で高志を見るのは俺だけだった。 「…え?高志が…です、か…?」 そんな俺はよそに母さんが電話を持ちながら信じられないと言わんばかりの表情を浮かべていた。 いい意味の信じられないではなく、おそらく悪いほうだろう。 「わかりまりました、直ぐに向かいます。」 そういい電話を切った。 「母さんどうしたの」 母さんの近くへ行き、目が泳ぎわれここに在らずな母さんの意識をこちらに向かせるように語りかける。 「……健志(たけし)。落ち着いて聞きなさい」 「なんだよ」 「高志が…死んだの」 「…は?」 「……殺された…そうよ」 「…は??」 それしか出てこなかった。あまりに信じられなくて。信じたくなかったんだ。 「母さん今から行ってくるから。父さんもあとから来るって。健志もくる?」 なんでお前はそんな冷静でいられるんだよ。さっきまでの動揺はもうなくなった母さんは淡々と出かける支度をする。 「俺も行く」 やっとの思いで出した声だ。 「わかったわ、早く準備しちゃいなさい」 現場に着くと、そこには 「高志!!」 青白い顔で眠る高志がいた。 頬には血がべっとりと着いていたのだろう。拭かれたあとがある。 ここにくるまで何かの間違いなんじゃないかと思ってた。 でも目の前には息をしていない高志がいる。 「はは…随分手の込んだドッキリだな」 高志にそう語りかける。 「もうわかってるんだよ。そろそろドッキリでしたーってやつだせよ…なあ…」 いくら言っても高志は起きなかった。 「流石に兄さん怒るぞ…?お前意外に……いじわ…る…だな……」 声が出なくなっていく。視界が悪くなる。ふざるな、高志の顔が見えないだろうが。 「うあああああああああ!!なんでだよ!!起きてよ高志!!」 高志の体を揺する。朝起こす時のように。 「やめなさい健志」 ずっと後ろで見ていた母さんが俺の体を抑える。 「離せ!!ずっと高志を無視してたお前らに!!何がわかるんだよ!!」 「…。」 しばらくずっと泣きわめき続けた。 両親2人は…全く動じる様子がなかった。 こいつらホントに親かよ…。 ぐちゃぐちゃになる頭でそう思った。 この後のことはあまり覚えていない。 ただ1つ覚えているのは 綾瀬 大介(あやせ だいすけ) こいつの名前。 高志を…殺したやつの名前だ。 今はもう捕まっている。 高志を失った悲しみが徐々にそいつへの怒りと変わった。 俺は決めた。 刑期を終えて出てきたら… 絶対復讐してやる、と。 だが。 3ヶ月後。 その日は朝から授業があったので、朝のニュースを見ながら準備をしていた。 『─つぎのニュースです。3ヶ月前東京都足立区で起きた高校生殺人事件の犯人が獄中で首を吊り、死亡が確認されました。』 「…は?」 犯人って…綾瀬…だよな…? え、死んだの…? 持っていたスプーンを落としてしまった。 「…はは」 嬉しいという気持ちよりも 喪失感の方が大きかった。 高志を失った悲しみを、綾瀬への復讐心で埋めていたんだろう。 その日俺はそこから1歩も動けなかったんだ。 次の日から。 俺は一応大学にはいった。 「健志最近どうしたんだよ」 「ずっとうわの空だぜ?」 周りの友人たちは心配してくれていた。 が、俺はずっと無視し続けた。いや、答える力がなかったんだ。 「今日これ終わったらカラオケいかない?」 「いいねー!健志もいくよな?」 「…」 「なあおい!」 「もういいよ、こいつここんとこずっとこうじゃん」 「…」 なんとも思ってなかった。 ほんとになんとも思えないんだ。 「行こうぜ」 友人たちはそれ以来俺に話しかけなくなった。当たり前だよな。こんな廃人みたいなやつに話しかけてもつまらないよな。
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