また来て

9/12
前へ
/14ページ
次へ
次の日、目を覚ますとそこは俺の部屋ではなく、高志の部屋だった。 俺、あのまま眠ったのか…? しかも、ベッドではなく床で眠っていた。 床で寝ていたということもあり、体が痛かった。 「あー…」 高志に会いに行こう。 ふと、思い立った。 せっかく実家に来たんだ。挨拶しないとな。 痛い体にムチを打つように起き上がる。 家から出て、千代田学園のある方へ歩き、小道にある小さなT字路に着く。 そこにはたくさんの花が手向けられていた。 「高志、ただいま」 カバンからシャーペンと消しゴムを取り出す。これは高志が好きな文房具メーカーの新作だ。 高志はいつも、このメーカーからでる文房具は必ず買ってたからな。 「これ、新作だぞ。お前ここの文房具なら値段も見ないでポンポン買ってたよな…」 花は…なんだか俺たちらしくなくて持ってこなかった。 「そっちは、どうだ?うまくやってるか?」 もちろん、返事なんてかえってこない。 「俺は…あんまりかな」 聞こえてるのかな、俺の声。 足が痺れてきたので、立ち上がる。 「また来るからな」 そう言って立ち去ろうとした。 そしたら後ろに 「…健志?」 見慣れたスーツ姿の長身の男─純がいた。 純は、こんなところでまさか会うとは思わなかったんだろう。驚いた表情を浮かべている。 もう会わないって決めたんだ。 すぐその場から離れようとする。 でも 「まって」 強めの力で腕を掴まれ、詰め寄られる。 「また来てって、言ったじゃん」 「…」 「ここに、何しにきたの?」 「そっちこそ」 そう、この事件とは何の関係もないはずの純がなぜここに来ているのか。 この辺は割りと栄えている方だが、ここは住宅街だ。 用もなく来る場所ではない。 「ケリをつけようと思って」 「…?」 「自分の気持ちにね」 「…どういうこと?」 「…それは、言えない」 「なんでだよ」 今度は俺が純に詰め寄る。 「…知ったら、きっと健志、俺の事嫌いになるよ」 「ならない」 「なる」 「ならない!!」 最後は少し、声が大きくなった。 話を聞かなきゃって思ったんだ。だってさっきから純はすごく苦しそうだから。 俺を救ってくれたみたいに、今度は俺が純の力になりたい。 「…少し長い話になるから、うちに来ない?」 「うん…でも」 「?」 「いいの?ここまできて、何もしないで帰るの」 「後日ゆっくりするからいいよ」 「…あそ」 純の家に着くと、すぐに彼は話し始めた。 「俺…大学四年の時、教員免許取るために教育実習に行ったんだ。千代田学園高等部に」 「…ん?お前今、教師じゃないじゃん」 こいつは、南千住にある保険会社に務めていると前に言っていた。 「これから、話すよ…。教師の道を諦めた理由も、この気持ちも…」 ━━━━━━ ━━━━ ━━ 俺は大学生の頃、教員免許をとるために教職課程を履修していた。 そして教職課程には、4年生で行く教育実習というものがある。 普通は母校に行くものだが、俺は群馬の小さな田舎町出身で、母校はすでに廃校になっていた。 だから、俺の教育実習先は千代田大付属の高校になった。 「今日からしばらくこの3年1組の数学を担当する根津 純也です、よろしくお願いします!」 教卓にたち、簡単に自己紹介をする。 「よろしくおねがいしま〜す!!」 「先生ー彼女いるんですかー?」 「背高いですよね!何センチなんですかー?」 とても楽しそうなクラスで少し安心したが。 1人、不良っぽい見た目の子がいた。 窓の外をずっと見ている、オレンジに近い明るい髪、前髪が長く教卓からは顔がよく見えなかった。 やんちゃそうな子だな。 それがこの生徒─綾瀬くんへの第一印象だった。 その時間、外では3年5組が体育の授業を行っていた。 休み時間。 「根津っちー!!」 オレンジ色の髪を揺らしながら、俺のところに無邪気に走ってくるその人。 「うぃ〜」 ドン! 背中を思いっきり叩かれた。 「痛い!もう、叩かないでよ…」 「へへへ、根津っち!!聞きたいことあんの!」 「なに、どうしたの?」 「ここ、わかんねんだけど…」 彼は休み時間になる度にこうして質問に来るんだ。 「俺ね、根津っちと同じうちの数学科行くんだ」 「千代田大?そのまま上がれないの?」 「いやあそれ言っちゃう?俺アホだからよ、内申点が足りねんだと。行きたいなら一般入試受けろだってさ」 「どうせ一般入試受けるなら、ほかの大学も受けてみないの?」 「…」 綾瀬くんは、外のパソコン室のある方へ視線を送る。 「俺…うちの大学じゃないと、意味ないんすよ」 そういいニカッと笑った。 ねえ、きみはいつもどこを見ているんだ? どこかを見つめる君の横顔に、いつからか惹かれていたんだ。 とても、生徒に向けていい感情ではなかった。 結局、教育実習は、そのまま終わってしまった。 ━━ ━━━━ ━━━━━━
/14ページ

最初のコメントを投稿しよう!

8人が本棚に入れています
本棚に追加