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次の日、目を覚ますとそこは俺の部屋ではなく、高志の部屋だった。
俺、あのまま眠ったのか…?
しかも、ベッドではなく床で眠っていた。
床で寝ていたということもあり、体が痛かった。
「あー…」
高志に会いに行こう。
ふと、思い立った。
せっかく実家に来たんだ。挨拶しないとな。
痛い体にムチを打つように起き上がる。
家から出て、千代田学園のある方へ歩き、小道にある小さなT字路に着く。
そこにはたくさんの花が手向けられていた。
「高志、ただいま」
カバンからシャーペンと消しゴムを取り出す。これは高志が好きな文房具メーカーの新作だ。
高志はいつも、このメーカーからでる文房具は必ず買ってたからな。
「これ、新作だぞ。お前ここの文房具なら値段も見ないでポンポン買ってたよな…」
花は…なんだか俺たちらしくなくて持ってこなかった。
「そっちは、どうだ?うまくやってるか?」
もちろん、返事なんてかえってこない。
「俺は…あんまりかな」
聞こえてるのかな、俺の声。
足が痺れてきたので、立ち上がる。
「また来るからな」
そう言って立ち去ろうとした。
そしたら後ろに
「…健志?」
見慣れたスーツ姿の長身の男─純がいた。
純は、こんなところでまさか会うとは思わなかったんだろう。驚いた表情を浮かべている。
もう会わないって決めたんだ。
すぐその場から離れようとする。
でも
「まって」
強めの力で腕を掴まれ、詰め寄られる。
「また来てって、言ったじゃん」
「…」
「ここに、何しにきたの?」
「そっちこそ」
そう、この事件とは何の関係もないはずの純がなぜここに来ているのか。
この辺は割りと栄えている方だが、ここは住宅街だ。
用もなく来る場所ではない。
「ケリをつけようと思って」
「…?」
「自分の気持ちにね」
「…どういうこと?」
「…それは、言えない」
「なんでだよ」
今度は俺が純に詰め寄る。
「…知ったら、きっと健志、俺の事嫌いになるよ」
「ならない」
「なる」
「ならない!!」
最後は少し、声が大きくなった。
話を聞かなきゃって思ったんだ。だってさっきから純はすごく苦しそうだから。
俺を救ってくれたみたいに、今度は俺が純の力になりたい。
「…少し長い話になるから、うちに来ない?」
「うん…でも」
「?」
「いいの?ここまできて、何もしないで帰るの」
「後日ゆっくりするからいいよ」
「…あそ」
純の家に着くと、すぐに彼は話し始めた。
「俺…大学四年の時、教員免許取るために教育実習に行ったんだ。千代田学園高等部に」
「…ん?お前今、教師じゃないじゃん」
こいつは、南千住にある保険会社に務めていると前に言っていた。
「これから、話すよ…。教師の道を諦めた理由も、この気持ちも…」
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俺は大学生の頃、教員免許をとるために教職課程を履修していた。
そして教職課程には、4年生で行く教育実習というものがある。
普通は母校に行くものだが、俺は群馬の小さな田舎町出身で、母校はすでに廃校になっていた。
だから、俺の教育実習先は千代田大付属の高校になった。
「今日からしばらくこの3年1組の数学を担当する根津 純也です、よろしくお願いします!」
教卓にたち、簡単に自己紹介をする。
「よろしくおねがいしま〜す!!」
「先生ー彼女いるんですかー?」
「背高いですよね!何センチなんですかー?」
とても楽しそうなクラスで少し安心したが。
1人、不良っぽい見た目の子がいた。
窓の外をずっと見ている、オレンジに近い明るい髪、前髪が長く教卓からは顔がよく見えなかった。
やんちゃそうな子だな。
それがこの生徒─綾瀬くんへの第一印象だった。
その時間、外では3年5組が体育の授業を行っていた。
休み時間。
「根津っちー!!」
オレンジ色の髪を揺らしながら、俺のところに無邪気に走ってくるその人。
「うぃ〜」
ドン!
背中を思いっきり叩かれた。
「痛い!もう、叩かないでよ…」
「へへへ、根津っち!!聞きたいことあんの!」
「なに、どうしたの?」
「ここ、わかんねんだけど…」
彼は休み時間になる度にこうして質問に来るんだ。
「俺ね、根津っちと同じうちの数学科行くんだ」
「千代田大?そのまま上がれないの?」
「いやあそれ言っちゃう?俺アホだからよ、内申点が足りねんだと。行きたいなら一般入試受けろだってさ」
「どうせ一般入試受けるなら、ほかの大学も受けてみないの?」
「…」
綾瀬くんは、外のパソコン室のある方へ視線を送る。
「俺…うちの大学じゃないと、意味ないんすよ」
そういいニカッと笑った。
ねえ、きみはいつもどこを見ているんだ?
どこかを見つめる君の横顔に、いつからか惹かれていたんだ。
とても、生徒に向けていい感情ではなかった。
結局、教育実習は、そのまま終わってしまった。
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