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ノートに自分の行動を細かく書いていく翔太の姿は、夏休みの宿題の絵日記をやっている小学生のようで、その姿を見るだけで真彩の顔はにやけてしまう。
なぜ翔太が日記を始めたのか。
それは真彩と出会った九年前にさかのぼる。
大学四年生で就職も決まっており授業もほとんどなかった真彩は毎日ファミレスのバイトに明け暮れていた。
なぜ真彩がアルバイト先にファミレスを選んだか。その理由は彼女の性癖にあった。
小っちゃくて可愛い男の子、いわゆるショタが大好きなのだ。
ファミレスなら親子連れの客が多い。真彩好みの客がたくさん来る。
可愛らしい男の子が来た時は、真彩の欲求は一時的に満たされたがしかし、ショタを我が物にすることは犯罪である。ギリギリの理性で、その禁忌だけは犯さずにいた。年頃の真彩は激しい欲求を持て余し、彼氏がいる同級生を憧れる気持ちが募っていった。
そんな生殺しの地獄の日々に、真彩の働くファミレスに、天使が舞い降りたのだ。
「初めまして! 今日からここで働くことになりました、若木翔太と申します! 物覚えがとても悪いですが、一生懸命頑張りますのでよろしくお願いします」
黒髪のくせっ毛。目つきがちょっと悪いけれど、クリクリの瞳。そして何よりも重要な、子供と見まがうような身長。
(マイ……エンジェル!)
危うく天国に連れ去られてしまうところだった。実際に、一日一緒に働いた真彩は極度の緊張で血圧が上がってしまい、気分が悪くなって早退したのだ。
布団に潜り込んだ真彩は焦燥に駆られた。
「……なんで連れて帰らなかったのかな。あんな可愛い男の子を放っておいたら危ないわ。高校一年生で、あそこまでの幼さを保っている個体は天然記念物並みに貴重な存在……。理解のある私が保護するべきだったわ」
そんな風に反省した真彩は、まず翔太の生態を観察することにした。すると、驚くべき事実が発覚したのだ。
なんと一週間以上が経っても、翔太は真彩のことを覚えなかったのだ。
真彩は女性にしてはかなり高い身長を持っているから、人に覚えてもらいやすい。そんな印象が強い真彩のことも覚えられないのだから、他のバイトの仲間のことも覚えられなかった。
「すみません。どうしても、人が覚えられなくて、このファミレスにどうやって通ってたかも分からない時があるんです」
「えっ? そういう時はどうするの?」
「仕方ないから、タクシーを捕まえて連れて行ってもらうんです」
「スマホで調べたりはしないの?」
「ファミレスの名前を覚えられたらそうするんですが、まだ覚えていないのでその手段は使えないですね」
「はぁ……仕方ないわね」
真彩はバックヤードに行き、自分の鞄から買ったばかりのノートを取り出して翔太に手渡した。
「……これは?」
「仕事では基本なんだけど、翔太くんは日頃からメモを取るようにしたほうがいいよ。そこまで記憶力が悪いと、日常生活にも支障が出るでしょう?」
「そうなんです。記憶力が悪いのを治したくて、バイトを始めたんです」
その真剣な眼差しが、真彩の心拍数をまた上げていた。
「うっ……大丈夫よ。私が翔太くんのやったこと全部見てるし、日記を書くのも手伝うからさ」
それから翔太は何かあったらすぐに日記を書くようになった。手続き記憶に分類されるキッチンの作業は誰よりも手早くできるようになり、仕事する上で翔太の記憶力が問題になることはなくなった。
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