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一八歳の誕生日、翔太が真彩を誘ったことになっている喫茶店で、紅茶を飲みながら真彩は思い出したように言った。
「そういえば、大事な話があるって言ってたけど……」
「え? 俺が?」
口から離したストローに歯形がついている。オレンジジュースを早く飲んでしまったから、口が寂しくて噛んでいたのだ。行儀の悪い癖だが、子供っぽくて真彩にはたまらない。
「そう。昨日私を誘った時に、大事な話があるからって言ってたよ」
「ちょっと待ってよ。確かめるから」
翔太は鞄からノートを引っ張り出して、昨日の日記のページをめくった。
当たり前だが、そこには真彩を誘ったことも、大事な話があるなんてことも書いていない。
「特に大事な話はないはずだけど……」
そう言いながらも、翔太の顔に自信はない。弱気になった翔太を言いくるめるのはお手の物だった。
「どうしてそういう大事なことを書いておかないのよ。女性に対して失礼よ」
「ごめん。覚えてないけど、真彩さんが言うんだからそうなんだろうね」
うーんと唸りながら頭を抱えたところを見計らって、真彩は握り持っていた目薬を素早く差した。
「もう……私、すごく期待してたのに」
「俺が何を言うと思ったの?」
「……告白されると思ってた」
目頭を押さえる真彩を見て、翔太は短い腕を一生懸命伸ばして、真彩の頭を撫でた。
「ごめん真彩さん。俺、本当に忘れっぽくて、そんな大事なことも忘れちゃってたみたいだ」
真彩は返事なくすすり泣く。頭を撫でられるというご褒美に、本当に涙が止まらなくなってしまったのだ。
しばらく二人の間に沈黙が降りていたが、翔太がペンを走らす音が聞こえた。
「見てくれ真彩。俺はこれから、大事なことは忘れずに日記に書くようにするよ」
真彩は顔をあげた。今日の日付の日記には『真彩とカフェに行って告白した』と書いてあった。
その文字がにじんで見えて、目薬は必要なかったと、真彩は気づいた。
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