忘却少年の日記帳

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 思い通り翔太を彼氏にした真彩は、それ以降は騙すようなことはせず、大学生になった翔太との恋人生活を満喫していた。  見た目が幼い翔太は大人になることに憧れがあるらしく、大学生になる前に車の免許を取った。中古の軽自動車に乗った翔太を見たとき、まるで遊園地のゴーカートで遊んでいるみたいで、真彩は助手席に乗るのが楽しみだった。 きちんと両親にも挨拶をし、同棲することも許された。翔太の母も忘れっぽくて幼い息子のことを心配していて、しっかりした年上の女性が同居して面倒を見てくれることは、願ってもないことだったようで、大げさでなく泣いて喜んでいた。  真彩の面倒の甲斐あって、翔太は無事に大学を卒業し、社会人になってあっという間に二年が経った。 当たり前だが、その間に真彩の時も進む。歳は三〇手前になり、友達は結婚ラッシュで育休か寿退社。働いているのは真彩ぐらいのもので、自分もそろそろ結婚するころだろうと思っていた。  けれど、最近の翔太の行動がおかしい。  外出をするときはいつも真彩を連れて行っていたのに、真彩がついて行こうとすると「一人で行くから」と言って断るのだ。 (絶対に浮気してる)  昨晩そう確信した真彩は翔太の日記を奪って読もうと思った。けれど、どうしても悔し涙が邪魔をして文字を読むのが難しかった。その激しい怒りのまま日記をガスコンロで燃やして不貞寝(ふてね)をしたのだ。だからどれだけ必死に探してもガスコンロの周りの灰しか見つからない。 「俺は浮気なんて絶対にしない」 「なんで浮気してないって言い切れるの? 昨日のこと全然覚えてないんでしょ?」 「覚えてないから浮気しようがないんだよ。さすがに真彩のことは覚えてるけど、数回しか会ったことない人だとどうしても覚えらんないんだ」 「でもここ最近、私を置いて毎日外に出てたけど、あれは何なの?」 「それも思い出せないんだよ。最近は、日記を読んでから今日の行動決めるようにしてたから、日記がないと今日これから何をしていいかもわからないんだ」  真彩はしかめっ面する。こんなことなら、怒りに任せて日記を燃やすんじゃなかった。 「じゃあ浮気してたかどうか、自分でも分からないって言うの?」 「証拠はないけど、俺は絶対に浮気しないよ」  やったやらないで水掛け論をしていても埒が明かない。  真彩は最終手段に出ることにした。 「翔太、明日が何の日かわかる?」 「明日? 今日は何日だ?」  翔太はスマホを見る。その日付の表示を見て、「もうこんなに日にちが経ったのか」と呟いた後は、申し訳なさそうな顔で言った。 「明日は……真彩の誕生日だな」  真彩は不覚にもその顔にキュンときてしまった。他の色々なことは忘れても、自分の誕生日だけは覚えていてくれた。 「うん……誕生日なの。今日で二〇代終わりなのよ」 「え? そうなのか? 俺はまだ二四歳なのに」 「六つ違いなんだから当たり前でしょ。何かプレゼント用意してくれたの?」 「いや、ごめん。それも覚えてないんだ」  絶好のチャンスに、真彩は口がほころびそうになるのをこらえる。ここはシリアスな雰囲気を保たなければならない。  真彩はいつも鞄の中に入れていた、ある書類を翔太に手渡した。 「これは……婚姻届!?」 「そう。今日中に書いて役所に持っていけば、私は二〇代のうちに結婚ができるの。絶対に浮気してないって言うなら、それを書くことも出来るでしょ」  口喧嘩になると覚悟していた真彩だったが、翔太は真彩に飛びつくように抱きついた。 「ありがとう真彩! 俺を一人前の男として認めてくれたんだな!」 (目を輝かせたショタ……じゃなくて、翔太が至近距離にいる!)  同棲生活で何度も体験したことだが未だに慣れることができず、ときめいている心とは裏腹に、真彩はゆっくりと翔太を押し返した。 「じゃあ私と結婚してくれるの?」 「当たり前だろ! ていうか、真彩こそ俺でいいのかよ」  翔太以外に結婚相手を考えたことがなかった真彩には、質問の意味がわからず首を傾げた。  翔太は申し訳なさそうに言う。 「だって、俺の物忘れの激しさは普通じゃないから、今までも何度も迷惑かけてきただろ? そんな俺と添い遂げるってことは、老後も一緒ってことだろ? 俺が年取ってボケちゃったら、もっと物覚えが悪くなって、まともに会話すらできないかもしれないぞ?」 「あーそんなことね。大丈夫! 私は全然気にしないし、翔太の可愛い顔が好きなだけだから」  翔太は複雑な表情で「そうか……」と呟いて、黙々と婚姻届を記入した。 「書き終えたぞ。後は役所に行くだけだ」 「うん! すぐに行きましょう」  二人はほとんど寝間着のまま、くしゃくしゃになった婚姻届と印鑑と財布だけを持って外に出た。  車のエンジンをかけた翔太は首を傾げた。 「……あれ?  今からどこに行くんだっけ?」 「役所に行くの」  言いながら真彩はカーナビに目的地を入力する。こうしておかないと、赤信号で止まっている間に行き先を忘れてしまう。 「ああ。そうか。俺たち結婚するんだったな」 「そうよ。大事なことなんだから忘れないでよ。 ……あっ、そうだ。そこのコンビニ寄ってよ。戸籍謄本もらわないといけなかった」 「戸籍謄本……なんだそれ?」 「手続きに必要なの。ついでにジュース買いましょう。起きてからなにも飲んでなかったからね」
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