忘却少年の日記帳

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 家に帰ってきてすぐ、翔太が急に語り始めた。 「俺はもうほとんど覚えてないんだけど……真彩は俺と出会った頃、遊ぶ約束したって何度も嘘ついてたよな」 「えっ? どうしてそう思うの?」 「いや、何となく違和感あったし、バイトで一緒の奴らも気づいてたみたいだしな」  うまくやっていると思っていたのは真彩だけだったようだ。 「ごめんなさい。どうしても、翔太と仲良くなりたくて……」 「いや、別に責めてるわけじゃないんだ。逆に俺は嬉しかったんだよ。俺を騙してでも、仲良くなりたいって思ってくれてる人がいることにな」  物忘れが激しい翔太は人間関係に苦しめられてきた過去がある。そのことさえも忘れることが多いけれど、やはりどこか後ろめたさを常に感じていたようだ。 「見た目もガキみたいだから、舐められることも多かった。全てをゼロから始めるような感覚で、いつも下っ端だった。日記を読んでてもどこか他人ごとで、誰かの仕事を引き継いでるよう感じがしてたんだ。でも……」  翔太が言葉を切った時、インターフォンが鳴った。ドアを開ける前に翔太は言った。 「大好きな真彩だけは覚えられたよ」  ドアを開けると宅配員がいて、小さな箱を恭しく翔太に渡した。伝票にサインするその手つきは、婚姻届を記入する時と同じ丁寧なものだった。  宅配員が(せわ)しなく去って行き、翔太は届け物の箱を開いた。  出てきたのはさらに小さな黒い箱。  翔太はこちらを向いて片膝をついた。かなり低い位置になってしまい、翔太は目一杯に箱を差し上げた。 「こんな俺でよければ、結婚してください」  何度も夢見た光景が目の前にあり、血圧が上昇した真彩の視界は白くぼやけ始めていた。  歯を食いしばり、何とか意識を(とど)めながら、震える手で指輪を手に取った。  受け取った結婚指輪は、真彩の左薬指にぴったりとはまった。いつの間に測ったのだろう。聞いても多分覚えていないだろうけど……。  プロポーズの返事は決まっていた。 「もちろん。私が幸せにするからね」  騙して始まった同棲生活は終わり、二人の結婚生活が始まった。
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